龍神様の贄乙女
 (しん)は思わず山女(やまめ)を腕の中に掻き抱きそうになって、グッと両手に力を入れてその衝動を堪える。


「なぁ山女。何故今日に限ってそんなに聞き分けがない」

 天が荒れるたび、辰は幾度も幾度も今みたいに山女を置いて外へ出てきた。

 今までならば寂しそうな顔をしながらも、山女はちゃんと辰の言いつけを守ってきたのに。
 今回それが出来ないと言うからにはきっと、山女なりの理由があるに違いない。

「理由はさっきお話した通りです。こんな大荒れの日に外へお出になられるとか。狂気の沙汰としか思えません。私は……辰様が心配で仕方がないのです」

 言いながらポロリと涙をこぼした所を見ると、それは偽りではないらしい。

 だが――。

「お前、何か失念しておらんか? 俺はこの祠を守る者ぞ?」

 人ならざる力を持つ者が、山女の言う様に嵐の日に外へ出たからと言って、危険な目に遭おうはずがない。

 そう含ませてみたものの――。

「私には辰様が、何ら私と違って見えないのです!」

 ぎゅぅっと腕にしがみ付かれてハラハラと涙を落とされた辰は、小さく吐息を落とした。
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