龍神様の贄乙女
 山女(やまめ)はここへ来たばかりの頃、(しん)のことを「ただの人にしか見えない」と言ってくれた事がある。
 辰は山女が来るまでの約十年間、人とまともに交わってこなかったから、久々にやって来た小さな少女の事を怖がらせたくないと思って。

 以来、ずっと自分の人ならざる部分を、彼女には敢えて見せないように過ごしてきたのだ。
 だが、どうやらそれが仇になってしまったらしい。


「山女。お前にもちゃんと見せておかねばならないね」

 辰は一旦土間から白木の板間に上がると、自分の腕に取り縋っていた山女の手を取って引いた。

 そうして板間の中程まで来ると、おもむろに着物の襟元をくつろげてもろ肌を脱ぐ。

「きゃっ」

 途端、山女が恥ずかしそうに顔を両手で覆って、耳まで赤くするから。
 辰はその反応の初々しさに、言い様のない愛しさを覚えて。
 そうしてすぐさま思う。このままでは良くない、と。

 今のまま山女を手元に置いておけば、里に戻してやれなくなりそうで怖い。

 辰にとって山女は、(とお)余りの頃から面倒を見、慈しんで育ててきた娘のような存在だ。
 辰は山女に人並みの幸せを掴ませてやりたいと思っているのだが、それは常ならぬ身の自分には与えてやれないものだと言う事も嫌と言うほど心得ている。

 生娘のまま山女を人里に返してやらねばと切に願っているのに、この所の自分は娘であるはずの彼女に対して、しばしば有り得ない劣情を抱いてしまう。
< 26 / 53 >

この作品をシェア

pagetop