龍神様の贄乙女
***

 初めて(しん)の半裸を()の当たりにした山女(やまめ)は、彼の両肩を中心に、背中へ向けてビッシリと肌を覆い尽くす銀虹色(ぎんにじいろ)に輝く鱗を見て息を呑んだ。

 その余りの美しさに、思わず許可も得ていないのに辰の背に触れてざらざらとした鱗の感触を指先で確かめた山女は、何を言ったらいいのか分からないまま彼に呼び掛けていた。

 何故なら、山女はこの鱗を知っていたから。

 辰に声を掛けると同時、山女は思わずいつも懐に忍ばせている小さな巾着袋を着物の上からそっと押さえた。


「――そうだ、山女。お前に渡したそれは、【俺の】鱗だ」

 言われなくても頭の片隅では分かっていたはずなのに、常に人の姿で接してくれていた辰と、この美しい鱗が本当の意味で自分の中で結びついてはいなかったのだと痛感させられた山女だ。

 山女は、今更のように辰が人ではなかったのだと思い知らされて、悲しくて堪らなくなって。

「辰様、私……」

 ギュッと唇を噛みしめて辰のすぐ傍で立ち尽くす山女に、
「な? 分かったであろう? 俺はどんなに大水が出ようとも死んだりはせんよ」
 辰は言い聞かせるようにそう告げて、乱した着物を正した。


「良い子にして待っておられるな?」

 呆然と動けずにいる山女の横をすり抜けるようにして土間へ降りた辰が、戸口で振り返って声を掛けてくる。

 山女は今度こそ辰を引き留められないまま、彼が木戸を開けて外へ出て行くのを呆然と見送った。
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