龍神様の贄乙女
 背中越し、頼むからうなずいてくれるなと願いながら問えば、後ろから山女がギュッとしがみついてくる。

「はい。私、身体はこんなにも成長したというのに……まるで幼な子みたいに死ぬほど心細うございました。今も辰様なしでは不安でどうにかなってしまいそうです。だから……お願いします。今夜は……辰様と一緒に眠らせて下さい」

 わざわざ告げられずとも、己の背後にぴったり寄り添う山女の柔肌から、彼女の成長ぶりを嫌と言うほど思い知らされている辰だ。

 そんな山女を遠ざけるため、「自分はお前とは違う存在なのだ」と見せ付けて距離を取らせようとしたのに。
 何がどうなって、そういう結論に達したのだろう?

 雨に打たれて冷え切った辰の身体は、しかし自然の法則に反して微塵も濡れてはいない。
 (ほこら)をくぐる時、着物や髪から水分を飛ばしたのは辰自身の意思だ。
 水を操るなんて造作もない事だったから。
 だが、今はそれを激しく後悔している。
 いっそ摂理に(のっと)って濡れそぼったままでいたなら、それを言い訳に山女を引き剥がす事も出来たものを――。
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