龍神様の贄乙女
(山女は、俺が濡れておらん事を変には思わんのだろうか)

 それは、辰が只人(ただびと)では成し得ない事をしてしまえる存在だと山女に受け入れられたと明示された様で、どこか居心地が悪かった。

 さんざんこの力を都合の良い様に使っておきながら、山女にはただの人として認知して欲しいなどと言ったら笑われてしまうだろうか。

 そんな事を乞う様になってしまった辰にとって、自分の常人ならざる姿を山女にさらしたのはある種の賭けだったのだ。

 あの姿を見て、山女が辰の事を(おそ)れ、距離を取ってくれたならば……辛くはあるけれど良しとしよう。

 だが、もしそうでないならば――。


「悪いがその願いは聞き届けてやれん。なぁ山女よ。お前は忘れてしまったのか? お前と出会ってすぐの頃に告げた俺の言葉を――」

 辰はグッと両の拳に力を入れると、山女の方へ向き直った。

 そうして彼女の頬を指しく撫でる。

「辰様……? ――あっ」

 そのまま山女の柔らかな耳朶を指先でくすぐって、この六年間で長く伸びた彼女の黒髪を後ろへ流しながら首筋を辿る。
 そのまま襟足(えりあし)を撫でて衣紋(えもん)の隙間から着物の内側へ手指をそっと忍ばせると、合わせを割るように彼女の胸元へ向けて指を滑らせた。
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