龍神様の贄乙女
***

 山女(やまめ)は、一瞬(しん)に何を言われたのか分からなかった。

 でも呆然と辰を見上げた山女は、彼の冷ややかな視線から完全なる拒絶の意思をくみ取った。

 辰と暮らし始めて六年半余り。
 山女が最も恐れていた事態が目の前に突き付けられていた。

「辰様、私まだ……」
 ――一人前なんかじゃありません。

 そう続けたいけれど、先程自分で自身の身体が大人として成熟した旨を辰に伝えてしまったばかりだ。

 あれを言ったのは、山女にとってある種の賭けだったのだが、どうやら自分はその賭けに負けたらしい。

 いつまでも子供のままだと思われていては、辰との関係は進まない。
 でもだからと言って大人になったのだと示唆すれば、独り立ち出来ると判断され兼ねないことは分かっていた。

 でも――。
 山女はそれを打ち砕いてでも、辰との関係を変えたいと思ってしまったのだ。

 辰のいない邸内で、一人異形の龍神様の帰りを待っていたら、どうしても。
 例え彼が人でないとしても、自分は辰の事を慕わしく思っていると訴えたくなってしまった。

 ――貴方の事を、一人の女としてお慕いしております。

 そう素直に言えたなら、どんなにいいだろう。

 でも、きっとそんな事を伝えたら辰を困らせてしまうから。
 だから、心は無理でもせめて身体ぐらいは辰のものにして欲しかった。

 生贄として彼に捧げられた六年前から、自分の身体は間違いなく龍神様のものなのだから。

 なのに――。
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