龍神様の贄乙女
「辰様……」

 辰に対する恋情(未練)から、すぐ傍に立つ彼の(たもと)を掴もうと手を伸ばした山女だったけれど。

 さり気なく距離をあけられてかわされてしまう。

 もうそれだけで、山女には十分だった。

 考えてみれば、辰には〝いい人〟が待っているかも知れなかったではないか。

 事ある毎に辰から仄めかされてきた見知らぬ女性の気配を失念していたわけではない。ただ、悲しくなるから考えない様にしていただけ。

 娘としてなら傍にいても大丈夫で、女としての山女の存在が辰にとって敬遠されるなら、理由はきっとそれしかない。


「私、郷里へ戻ります……」

 本当は辰の手引きで、(ごく)潰しだった上に贄としてもまともにお役目を果たせなかった自分の事など誰も知らない他所の里へ混ざる方が生き易いはずだ。

 でも――。
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