龍神様の贄乙女
 さっき山女自身が思った様に、「贄乙女(にえおとめ)に選ばれても戻って来られるかも?」という前例を作っておく事は、約三年半後、自分と同じ責務を背負わされるだろう少女にとって、小さな希望の光になれるかも知れない。

 それに、昔と違って大人の女性へと変貌をとげた今の自分ならば、里の誰かが子を持つための(こま)くらいの価値は見出して貰えるんじゃないだろうか。

 辰から大事にされ過ぎて忘れかけていたけれど、山女の価値なんてあの里ではきっとその程度だ。

 初めての相手が、憎からず思っている辰ではないのは怖いし凄く悲しいけれど、きっと辛く当たられる方が心の痛みを感じなくて済む。


 山女はニコッと微笑むと、その場に静かにひざを折った。

「辰様。長い間お世話になりました。辰様から大切にして頂いてここまでつつがなく暮らしてこられたご恩、決して忘れません」

 そのまま三つ指をついて、かつて里長に教えられた通り丁寧に頭を下げた。

 贄としての婚礼(お役目)のために仕込まれた挨拶は、果たして上手く出来ただろうか。

 そんな事を思いながら、山女は今にも床にこぼれ落ちてしまいそうな涙を必死に堪えた。
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