龍神様の贄乙女
 身寄りのない山女の事をさんざん虐げてきたと言う里の者達の手で、彼女が辛い目に遭わされやしないかと、そればかりが辰の頭の中をぐるぐると回った。



 山女の事は気になるけれど、自分には果たさねばならない務めがある。

 辰は長持(ながもち)のふたをわざと乱暴に閉めて気持ちを切り替えると、屋敷内上座に設置された祭壇に祀られた宝珠(たま)に手をかざした。

 普段は水晶玉の様にただただ透明な宝珠(ほうしゅ)だが、辰がそうした途端ミントグリーン(薄青藤色)の卵型のものが映し出される。
 それは里人らが崇めている、祠の中に安置された宝玉と似た外観をしていたけれど、どうやらこちらは水底にあるらしい。

 キラキラと太陽光を乱反射する水の中、流れに翻弄される水草と、激流箇所で立つ、白く小さな水泡の一群が玉と一緒に見て取れた。
 遠くの方を泳ぐ魚たちとは別に、時折すぐ手前を横切る魚もいて。
 水の透明度が高いため、ずっと向こうの方まで見渡せるその映像のど真ん中に、薄青藤色の卵型をした宝玉がある。映し出される像からはその大きさを窺い知る事は出来ないが、実際は人の顔程であることを辰は知っていた。
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