龍神様の贄乙女
 辰が、大雨で川の水かさが増すたび外へ出掛けているのは、ひとえにこの玉が下流へ押し流されたりしないよう護りに行っているからに他ならない。

 普段通りの穏やかな流れであっても、転がりやすい形状のため時折こんな風に邸内の宝珠を使って玉の様子を観察してきた辰だ。

 辰がここにいる存在理由そのものが、水中のあの卵型の玉だと言っても過言ではない。

(あれを失くしたりしたら、俺は【彼女】との約束を守れなくなるからな)

 十数年前、恐ろしい程に美しい容姿をした女――(きよ)と交わした約束は、今でも辰を縛り付けている。


***


 山女が辰の元を去った日の夕刻。

 辰は背中の違和感に眉をしかめていた。
 くしの歯が欠けたみたいに幾枚か、ポロポロと剥がれ落ちてしまった背中の鱗に、嫌な予感が募る。

 そもそも背中全体が焼けるように熱い。

 鱗にこそそれ以外に異常はないが、とにかく背面を中心に全身が熱っぽい。
 こんな事は初めてだ。
 山女を失ったのが、思いのほか心痛になっているのだろうか。

 屋敷の木戸を抜けて祠の外へ出ると同時。ポツポツと雨が落ち始めて、すぐに山全体が煙る程の篠突く雨に変わる。
 その雨が背を叩く感触ですら痛みを伴って。
 辰は忌々しい気持ちで空を見上げると、躊躇なく川へ分け入って、とぷんっとその身を淵の底へ沈めた。
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