龍神様の贄乙女
(6)仮初の逆鱗
 (しん)が外に戻った時、雨はいよいよ強まっていて、川は今にも決壊しそうに荒れ狂っていた。

 背中の熱もさらに顕著になって、着物が擦れるだけで鱗が剥がれ落ちるのか、ピリピリとした痛みがある。

 だが、今はそんな事を言っていられる時ではなかった。

 辰は水中で上手く呼吸が出来るか定かではないままに、濁流と化した川に足を踏み入れて。岩に生えたコケに足元をすくわれてあっという間に水中へ引きずり込まれてしまう。

 ゴポッと喉の奥へ水が押し寄せてきて意識が朦朧としてくる中、いつのものだろうか。同じ様にこの川で溺れかけた時の記憶が断片的によみがえる。

 辰は赤子の頃この川で死に掛けていたらしい。どうして生まれて間もない、へその緒付きの赤ん坊が川に流されていたのか、もちろん当事者の辰自身にも分からない。
 恐らくは、彼を産んだ女が何らかの理由で産まれたばかりの辰を龍神への供物として捨て(ささげ)でもしたのだろうが、当然辰にはその辺りの記憶はなかった。

 ただ、事実として救い主から聞かされて知っているのは、死にかけていた自分を助けてくれたのは、この川を守る龍神――(きよ)だったと言う事だけ。

 だが、今はもうその彼女も【いない】。
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