龍神様の贄乙女
 自分の傍に置いておけば、いずれその感情は山女の純潔を奪う(かせ)となってしまう。

 辰はそう考えたのだが――。

 もしかしたら辰は、山女の心はもちろん自分自身の心をも読み違えていたのかも知れない。


 いずれにしても。
 身を裂かれる様な思いで手放した愛しい山女を、再度贄として利用しようとしたあの里の民は害悪だ。

 山女が溺れた様に、辰自身も呼吸がままならぬまま水底(みなぞこ)へと沈んでいきながら、思い出すのは山女の事ばかり。

(誰が贄を欲したと?)
 少なくとも辰はそんなもの求めてなどいなかったのに。

 贄の必要性に何の疑問も抱かず、定期的に年端も行かぬ少女の命を捧げる里などない方が良い。


 辰は、自分の子でもある新たな龍神に(きよ)のような事はして欲しくないと思ってしまった。
 供物(くもつ)なんてなくとも、この川を守っていく事には何ら支障はないのだから。




『――そう。父様(ととさま)はあの里を失くしてしまいたいのですね?』

 薄れゆく意識の中、不意に身体を優しく包み込まれる気配がして、ふっと呼吸が楽になる。
 それと同時、せせらぎのように澄んだ声音が辰の脳内に直接響いてきた。
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