龍神様の贄乙女
 それに小さく頷いた辰へ、「有難うございます!」と礼を言うなり、思わずと言った具合にギュッと抱き付いて。辰が上半身裸な事に気が付いた途端、真っ赤な顔をして飛びのいた。

「わ、私ったら……すみませんっ!」

 山女はソワソワと視線をさまよわせた後、辰に触れた自分の両の(てのひら)をじっと見つめてから。寸の間遅れて「あ!」と口を押さえて、「辰様の背中……」と小さくつぶやいて瞳を見開いた。

 山女に言われなくても分かる。

 あんなに熱かった背中が、今はすっかり何ともないし、諸肌(もろはだ)を脱いだ時、着物が引っかかる感触もなくなっていた。

 卵が(かえ)り、新たな世代の龍神――凪――が誕生した時点で、仮初の(ぬし)や卵の護り手としての辰の役目は終わったと言う事だろう。
 今思えば、辰の背中の鱗が落ち始めたのは、卵の孵化(うか)に伴う前兆だったのだ。


「ああ、見ての通りどうやら俺はただの人に【戻った】らしい」

 言って、辰が少し困ったように笑って見せたら、山女がキョトンとした顔をした。

 山女は辰が元々人であった事など知らないのだから無理もない。
 彼女には、辰が龍神の代役を務めるに至った事の顛末(てんまつ)を、全て話さねばなるまい。

 だけど今はそれよりも――。
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