龍神様の贄乙女
「凪……」

 血を分けた真の娘の名をつぶやいて周囲を見回すと、川は昨日とは一変。恐ろしいほど穏やかに陽光をキラキラと跳ね返していた。

 だが、川を取り囲む木々が大量になぎ倒されて、まるで巨大な蛇がここを通ったみたいな有様になっていて。

(これはやはり――)

 あれは夢などではなく、(ふもと)の里は産まれたばかりの龍神の〝仮初の逆鱗〟に触れて、綺麗さっぱり押し流されてしまったと考えた方がいいだろう。

 辰は腕の中の山女をそっと長持(ながもち)にもたれ掛からせると、祠の格子戸に手を掛けた。
 そうしていつもの調子で開けてみたけれど、扉の先は見慣れた屋敷などではなく、傀儡(くぐつ)同然のミントグリーン (薄青藤色)拳大(こぶしだい)の宝玉があるだけだった。

 異世界に繋がれない事にハッとして、肩から着物を落として自身の背中へ触れてみた辰だったけれど――。



「辰……様……?」

 そこで目を覚ましたらしい山女に声を掛けられた。

 山女は辰がすぐ傍にいる事に心底驚いた顔をして、
「え? あれ……? 私……、確か手足を縛られて……川へ……」
 そこまで言って、ハッとした様に辰を見詰めてから、「もしかして辰様が……助けて下さったのですか?」と瞳を潤ませる。
< 51 / 53 >

この作品をシェア

pagetop