怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました
「最初に見る場所がここでいいのか?」
「聖地巡礼なんて言ってますけど、実際にあった歴史の中の悲劇ですから。まずはちゃんと学んで、追悼してから観光を楽しもうかなって」
沙綾の言葉を聞き、拓海は一瞬驚いて瞳を大きく見開いてから、優しく微笑んだ。
「いいな、その考え方」
「え?」
「歴史を知ると、よりその国に対する思いが深くなる。沙綾のアテンドするツアーは人気だっただろうな」
「そんな大層なものでは……」
急に褒められたのが照れくさくて、沙綾は俯きがちに足を進めた。
展示をしっかり見た後、電車と地下鉄を乗り継ぎ、チェックポイント・チャーリー博物館、通称壁博物館へ向かった。
ベルリンの壁を越えようと、実際に使った手製の車が展示されていたり、失敗して射殺されてしまった人々の苦労や悲劇が、生々しく伝えられている。
沙綾はそれらを興味深く見ながら、日本を発つ二週間前に観劇した夕妃の主演舞台を思い出した。
聖園歌劇団で上演された『隔たれた恋人たち』は、西ベルリンに住む優れた暗号学者アンドレアスが、東ドイツの秘密警察『シュタージ』からの招致を断るところから物語が始まる。
シュタージの怒りを買った彼は、恋人であるエリスを西側に残したまま、東側へ拉致される。
アンドレアスは表向きはシュタージに協力をし、様々な暗号を解読しながらも、西側へ脱出する機会を窺っていた。