自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 敬太先生の指示を聞いた俊介先生が水が入った霧吹きを三本持って来た。

「さすが人見、勘が良いな、サンキュー」
 ナナの体を冷やすために三人の先生が霧吹きで水をかける。

「阿加ちゃん、これ採血セットね。私、電子カルテに入力するから院長について」
「はい」
 もう私も一員として任されるようになった。

「隼人院長、点滴と採血の準備が出来ました」
「ナナ、女のコなのにごめんな。少しだけ毛を刈らせてくれな」    
 隼人院長が手際良く刈り上げ消毒をおこなった。

「静脈確保して」 
「はい」
 意識朦朧としたナナは保定する必要がないほど弱っていて、ナナを囲む俊介先生の隣に入れてもらって院長の助手を勤める。

「隼人院長、いつも凄いですよね。迷いなく一発でルートキープ決めて度胸ありますよね、本当にお見事です」

「だからいつも言ってんだろ、褒めんなって」
 なにを今さらみたいに鼻で笑われた。 

「てめぇらイチャついてんじゃねぇよ」
「塔馬は黙れ、っるっせぇよ。人見、これ血検頼む」
「はい」

 俊介先生が抜けて、少しスペースに余裕が出来た。
 そのまま点滴を入れ終わると、戻って来た葉夏先生から隼人院長と私がうちわを受け取り、ナナの体を扇ぐ。

「院長、電子カルテに入力が終わりましたので、人見先生の血検補助に行ってきます」
「ありがとう、よろしく」

 そのうち扇いでいる私たちも汗だくになってきた。

「院長、暖房切ったの正解でしたね。扇いでいる私たちが暑くなってきました。阿加ちゃん気合いで頑張ろう」  

「はい! ナナも頑張っていますもんね。葉夏先生に食らいついていきます」

 口は動かしつつナナを観察しながら力の限り体ごと使い、うちわを扇ぎ続ける。

「阿加ちゃん、頼もしくなったわよね。教えることがなくなったら、私のやることなくなって困っちゃう」 
 
「ありがとうございます」
「強靭なメンタルに、また一歩近付いたわね」
「はい、一歩前進です」 

 しかし暑い。うちわを扇ぐ腕が鉛のように重くなる。ナナのため、弱音を吐いている場合じゃない。
 
 チームワークが物を言う救急医療は医療の要。

 獣医の臨床現場はチームプレーが重要だと改めて考えさせられる。
 誰ひとりとして無駄な動きがなく、気持ちはひとつ。

 しばらくして血検が出た。

「凝固機能が悪く、さらに通院時よりも肝臓と脾臓の数値も悪くなっている」
 隼人院長の言うことに耳を傾ける。

 血が元々持っている血を固まらせる凝固機能が悪くなっていたら、肝臓も悪くなる可能性は高かった。

 糖尿病で肝臓はダメージを受ける代表、脾臓は糖尿病に深く関係する臓器。

「糖尿病と肝臓は切っても切れない仲、俺と葉夏のように。なっ、葉夏」

「あんたは女遊び大好き病。私は仕事の多い肝臓よ、やることたくさんあるのよ。作ったり放出したり合成したり解毒したり撃退したり」

「肝臓は神経が通ってないからダメージを受けても痛まないっすもんね、矢神先生そのものっす」

「黙れ研修医、あんた私が無頓着で無神経だっていうの?」 

「ひとつだけ矢神先生が肝臓じゃない特徴がありますよ。口も働き者だから沈黙の臓器はおかしいっす」

「あんたはウイルスよ、私が撃退してやるわ」
「おおお、怖っ」
< 100 / 112 >

この作品をシェア

pagetop