自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 穏やかな雰囲気は受付からの電話で一瞬にして消えた。

「正月早々、救急か。今年も餅から始まりか?」
 
 敬太先生が立ち上がりブルーのスクラブの上にドクターコートを羽織り、聴診器を首にかけると他の先生たちも敬太先生に続いた。  

「院長、糖尿で月イチで通院しているハスキーの磯谷ナナです」
「ナナか。で、状況は?」 
 廊下を走りながら大樋さんから説明を聞く隼人院長の後を私たちも走る。

「暖房を高温に設定して長時間外出して帰宅したら、留守番していたナナの様子がおかしいということです」

 だいぶ私も鍛えられて走っても息切れが少なくなってきて、みんなについて行けるようになってきた。

「センターに到着時は皮膚はカサカサに乾き、触るとかなり体は熱く体温は四十度です」 

 意識は朦朧として、人間でいううわごとみたいなわけの分からない弱々しい鳴き声が不規則に聞こえてくるって。
 
「それ熱中症だ、暑さに弱い犬種をどうして暖房を効かせ過ぎの部屋に置いて行けるんだ」 

「まったくっすよね。しかもナナは体温調節機能が弱くなってる老犬っす」

「老犬や子犬は適切な室温で過ごすことが重要なのによ」
「敬太、ナナが寒くないように磯谷さんだって良かれと思ってのことなんだから仕方ないわよ、やんや言わない」

「まぁな、ド素人が考えることだよな。俺らには考えられない」

 まだまだ何時間でも走れそうな体力余りまくりの敬太先生と葉夏先生の後をついて行く。

 処置室に到着すると状況を把握した隼人院長が点滴の準備を私に指示し、採血の準備を大樋さんに指示した。

「暖房切るぞ、寒くなるかもしれないがみんな我慢してくれ、ナナのためだ」  
 動物のためだもの、みんなは当然のように受け入れる。
  
 ナナの長い舌は垂れ下がりハァハァ息が聞こえ、泡のようなよだれで口の周りがびっしょり濡れている。

「ナナ、つらかったね、頑張ろうね」
 口の周りをタオルで拭きながら声がけをした。

「お嬢ちゃん、偉い。ナナだってよだれだらけで不快だもんな」
 敬太先生に褒められた。

「波島、ちょいとナナはハスキーにしては、脂肪がついてるワガママボディだからデカい。一緒に持ち上げてくれ」

「はい、持ち上げましょ、ぽっちゃりさんを」
「ぽっちゃりの範疇超えてるだろ」
「塔馬先生、動物の体重や体型にも手厳しいっすよね」
「飼い主の管理能力はどうなってんだ、ナナをこんな体型にして。気合い入れろよ、いくぞ」

 敬太先生のかけ声と共に、ぐったりしてさらにずっしりと重くなったナナをお二方が処置台に乗せているのが点滴準備中にちらりと見える。

「やべぇな、腰やられたら使いもんになんねぇ。波島も気を付けろよ」

「使いもんにならなくなったら、僕らなにを生きがいにしたらいいんすか。お互い気を付けましょう」
  
「あんたたち、こんなときまでふざけてないでよ、この役立たず」
「役立たずってベッドの上では言われたくないっすね」

「葉夏、お前のために腰を使うんだよ? ってか、うちわあるだけ持って来てくれ」
「まったく、もうバカじゃないの。うちわね」 
「扇げるものならなんだって良い」
「了解」
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