自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「どうして隼人院長?」

「麻美菜、事情はゆっくり話すから座布団に座って。道永くんは白椿の箸置きの方に座って」
 お爺ちゃんは私の隣に座った。

「ねぇ、お爺ちゃん。もしかして海外から帰国した飛んでもなく有能な青年って」

「ああ、そうとも、彼のことだよ。まずは乾杯しよう」
 お爺ちゃんの声に配膳係の方がグラスをお膳の上に置いて、ビール瓶の栓を抜いた。

「理事長、わたしがお注ぎします」って、隼人院長がお爺ちゃんが手に持つグラスに注ぎ、「どうぞ」と私に促すから、お言葉に甘えてグラスを手にすると注いでくれる。

 注ぎ終わるとお爺ちゃんがビール瓶を持ち、隼人院長に注いであげて乾杯をした。

 会席料理はコース料理みたいに先付から座卓に並び始める。

「二人共、いつからどこまで知っていたの?」
 いつか私が隼人院長を驚かせたかったのにな。

 センターの理事長がお爺ちゃんって告白したら、隼人院長さぞかし驚いたでしょうに。

「道永くんは獣医としてもスペシャリストだけど、人材育成にも長けてるから麻美菜を育ててほしかったんだよ」

「っていうことは初めから隼人院長は、私が孫って知っていたんですか?」 

「ああ、理事長から頼まれたから責任をもってあずかった」
 ですよねみたいに隼人院長がにこやかにお爺ちゃんに視線を移す。

「少し内気で自信なさげな麻美菜が心配でね。一年間はユリちゃんが一緒なら安心だから非枝くんにあずけたんだよ」

 敢えて非枝先生の悪行に触れて隼人院長を上げるような言動をしないお爺ちゃんは品格があるな、さすがお爺ちゃん。

「お爺ちゃんったら、エリート精鋭集団の隼人院長のチームに私を入れるなんてどうかしてる。毎日、胃に穴が空くかと思った」

「道永くんのことが怖かったかい?」
 最初のころは震え上がるほど怖がっていた光景が脳裏をよぎる。

「スペシャリストの中に私を放り込むなんて、お爺ちゃん無謀よ」

「彼らには心身共に相当助けられているだろう」

「隼人院長チームは当初から皆さん励ましてくれたりして優しい。それにしてもお爺ちゃん酷い」

「まぁまぁまぁまぁ、今の麻美菜は見違えるほど仕事が出来る看護師になったって評判聞いたよ」
 思わず頬が緩む。お世辞じゃなくてホントに?

「動物相手の仕事は思い通りにはならないから大変だよね。麻美菜は手術や治療でスタッフが間違えても、すぐに軌道修正出来るからスーパーナースって呼ばれてるんだって」

「どなたがおっしゃったの?」
「“白椿の箸置きの君”だよ」

 お爺ちゃんが目尻を下げて笑っている視線の先を見れば、隼人院長の箸置きは白椿。
 見つめ合い微笑み合う隼人院長と私の空間が温かく包まれた気がする。

「道永くんが獣医や看護師に厳しいのは、動物の命をあずかってるからだよ。たった一秒で生死を分けるから命がけの世界だよ」

「お爺ちゃん、隼人院長のもとで働いていたら、隼人院長の厳しさには愛情があることを知ったの」

 私の知らないところ、うん、看護師や飼い主の前で隼人院長が私のことを褒めていてくれた。
 それがモチベーションアップにつながったことをお爺ちゃんに話した。
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