自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
第九章 理事長と青年
 ある朝、休日の隼人院長はどこかに出かけて、私は二度寝。

 目覚めるとお爺ちゃんからメールがきていた。

 内容はズバリ、例の外国帰りの青年と会ってって話。そうだった、そんな話があったんだった。

 あのときは隼人院長と大樋さんのことで頭がいっぱいで、今は忙しいけれど落ち着いたら会えるみたいなことをお爺ちゃんに言ってしまったんだった。

 すっかり忘れていた、どうしよう。今日、うちの近くまで来るって。 

 お爺ちゃんには断ろうと電話をしたら、とにかく会うだけあってって言われて押し切られてしまった。

 隼人院長の携帯に何度電話をしても忙しいのか中々出ない。留守電はどうしたの、設定忘れちゃったの?
 
 それより、どうしてお爺ちゃんは今日私が休みって分かったのかな。

 用意周到なお爺ちゃんは、お店までしっかりと指定してきた。
 ここからすぐの黒塀の落ち着けるような外観の日本料理屋で店前を通ったことはある。

 特にメイクやヘアスタイルを凝るでもなく、薄化粧でおとなしめの淡い色のワンピースと白のパンプスと小さめなバッグで家を出た。

 会うだけでもと言われて結局お断りするのに、お爺ちゃんに義理立てするだけで会うのは相手の方にもお爺ちゃんにも申し訳なく思う。

 お爺ちゃんは私とお相手の結婚を願っていたから、よけいに心苦しい。

 お店に着くと着物を着たホールスタッフの女性に個室へ案内された。

 全室完全個室のひと部屋ずつに担当者がいるそうで、ここからは配膳係の女性に代わり接客してくれる。

 先についたのは私の方で漆塗りの座卓には漆黒のお膳が置かれていて、その上には赤椿の可愛い箸置きにお箸が乗っている。

 座布団に正座をして、二人を待つ間にお膳の横の和紙に書かれた献立を読んでいた。

 五分ほどして「失礼します」って配膳係の声がして、障子を開けるとお爺ちゃんが立っていたから座布団の横に正座をし直して頭を下げて迎えた。

「こんにちは、お爺ちゃん」
「こんにちは、頭を上げて。そうかしこまらないで」
 お爺ちゃんのうしろにいた相手の方のことは、頭を下げていたからソックスとグレーのソフトスーツの裾しか見えなかった。

「こんにちは」
 声だけ聞こえてきたから「初めまして」と言って頭をあげた。

「初めましてじゃないよ、もう声を忘れてしまった?」
 声を聞いても忘れちゃうほど久々に会う人なのかな。
 っていうか初対面じゃないって、この穏やかで優しい声の主は誰?
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