自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 十時半すぎ、隼人院長のPHSが鳴り響く。

ER(救急室)から。右下腹部痛、炎症反応あり、虫垂炎」
 チーム全体に聞こえるように声を出すのが決まり。 
 聞いた者は各々ホワイトボードに書く人や自分の手の甲に書く人とさまざま。        

 患者の診療と飼い主に説明をして納得した上での同意にて緊急手術が決定。

 手術室と麻酔科医への連絡と手配も済み、一時間以内には手術が出来る。
 なんでも早いのが、このセンターの良いところ。

 昼過ぎに手術室へ。執刀医は隼人院長。何度か立ち会ったことがあるけれど、夜勤明けで大樋さんは帰宅しちゃったし、私しか看護師は居ない。

 今日は当直明けで昨夜は急患、そしてまた救急が入ったからか、隼人院長が不機嫌そうなのが気にかかり、私にイライラしているのかと意識してしまってパニックになっていた。

「おい、いい加減慣れてくれよ。お前がパニックになってもなにも変わらない。まずは落ち着け、深呼吸」と、隼人院長が冷静に声をかけてくれた。

「この子も頑張っている、お前も頑張れ。今の場所から逃げ出さず気持ちを集中しろ」

 抱えられるほどの柴犬のコータが頑張っているのに、私の心がコータから離れたらダメ。

「俺がついているから大丈夫。とりあえず自分で出来ることをやってみろ、虫垂炎ぐらいでビビってんな」
「はい」

 お腹痛かったよね、話せないんだもん。頑張ったね、手術も頑張ろうね。
 私も一生懸命頑張るから。

 手術自体は隼人院長のおかげで落ち着きを取り戻せたから介助も器械出しも出来たと思う。

 滞りなく進んで最後に傷口を縫合することになった。

 以前、隼人院長の手術に参加したときに観察していたことがあり、針と糸は事前に予測していた。
 隼人院長が、いざ縫合しようとしたときに隼人院長の希望と私の予測がぴったりと合った。

「サンキュー、貧乏くじもやれば出来んじゃねぇかよ」

 隼人院長は私が出来なかったり自分の描いていた方針とズレた行動を私がすると、普段は怒らないようなことでも叱ってきて怖いだけかも。

 今回みたいに出来たら褒めてくれて、その後の術中は今みたいに凄く上機嫌になってくれるのかもしれない。

 その後、滞りなく手術は終了。

 夕方、手術記録を記入して術後患者に異常がないことを確認して帰宅した。

 ***
 翌朝  

 ミーティングで、昨日の緊急手術の術後検討会と本日予定の手術の確認。

 ミーティング後、大樋さんに呼び止められた。なにか失敗をしたかドキドキする。
 隼人院長からの言付けで昨日の虫垂炎の手術のことを褒められた。

 怖くて苦手意識が強かった隼人院長が褒めてくれたんだ?

 普段は私たちの前では、ほとんど笑顔を見せない隼人院長がお見舞いに来た飼い主に『実は今回の手術で彼女のサポートが素晴らしかったんです。傷跡も綺麗に処置出来たのは、彼女のおかげなんですよ』って褒めてくれた。

 まさか隼人院長が大樋さんにもだし飼い主にまで、私のことを褒めてくれるとは思ってもみなかった。
 信じられない気持ちと照れ臭さと恥ずかしさで、どうしていいか戸惑う。
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