自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
「真面目にしないとキスしませんよ」
「今なんて?」
「違っ、真面目にしてもキスしません! 早く自覚症状を教えてください」

「今の忘れないからな、前言撤回なしだからな」
 唇をとがらせて、まるで子どもみたいに訴えてくる。
 不覚にも可愛い。

「熱とあとは?」
 熱くなっている隼人院長の首すじに手をあてて撫でた。

「頭痛と咽頭痛。センターの薬棚から鎮痛剤と感冒薬を服用していたんだけどな」
 まるで超大型犬の相手をしているみたい。優しく撫でたら素直に可愛く従うんだ。

「通常の二倍」
「二倍?!」
 大きな声に自分で驚いて思わず両手で口を覆った。

「勧めているわけじゃない、こんな気違いじみたこと」
「私がするわけないでしょ?! 人に勧めてもダメ!」
「念のために言ったんだ、ちゃんと胃薬も服用している」
 
 それなら安心とは言えない無茶苦茶な生活。

「感冒薬を服用して、どうせ眠くなっても救急が押し寄せたりして寝られない。これで調子が悪くなるようなら気力で頑張る」

 今回も気力で乗り越えて帰って来たんだね。

 勤務中、そんなことおくびにも出さないで、いつも通りに淡々としていた。

「中途半端に高熱だと分かっても気が弱くなるだけだ、仕事を休める訳じゃない。だからどんなに体が熱くても絶対に体温は測らないことにしている」  

 そこは同じだ、私も気が弱くなるから絶対に測らない。

「麻美菜は無茶すんな、俺はする。心配すんな、強いから」
 眠たくなるようなソフトタッチで撫でていたのにギュッと抱き締めてくる。

「とにかく痛くなったら強烈に効く薬を二倍服用。短期で怠さを終わらせるためになんでもする、あとは気力」
 無茶苦茶だわ。  
 
 敬太先生と朝輝先生は女性関係で無茶苦茶だけれど、隼人院長は二人とはタイプが違う無茶苦茶ぶりだわ。

 安心して見ていられるまともな男性獣医師は俊介先生だけか。

「人手が豊富で余裕があれば、もっと簡単に肩代わりしてもらうことが出来る。当直などは、とっさに誰かに代わってもらうことが難しい」

「先生たち誰もが無茶をしているんでしょうね」

「ああ。重患や外来も代わってこなしてもらうのは大変だ。休憩を勧められても難しい、全員がぎりぎりで任されているのを知っているから」

 自分ひとりだけ休めないって。今日は仕事を休んでなんて言えなくなっちゃった。

「誰もがおくびにも出さないが同じような感じではないだろうか。だから、なにごとにも予防が大事」
 無茶苦茶だからちゃんと予防しましょうよ、本当に。

「人手不足が解消されたら、先生たちひとり一人の負担が軽くなって楽になりますよね? 無茶苦茶しないでいられますよね?」
 
「ああ、その通りだ、俺らセンターの獣医師にとっては夢物語だ」  
 天井を見つめる目が現実的ではないと微笑む。

「俺には麻美菜がいればそれだけでいいや、頑張れる」
 視線を移した隼人院長と目が合うと、涙ぼくろが嬉しそうに上がった。

「いったい、いつになったらキスをさせてくれるんだ?」
 真っ直ぐに見つめる訴えかけるような目が切なくて、思わず目をそらしてしまう。

「昨夜キスしてこなかったか? あれは高熱にうなされた夢だったのか?」

「唐突になにを。嫌なのにするわけないですよね?」
 思い出さないで良いから。
 永遠に夢だと思っていて。
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