大嫌いの先にあるもの
「今日の黒須(くろす)先生も素敵だったねー」

うっとりした表情を浮かべ、友人の間宮若菜(まみやわかな)が感激するように口にした。それに賛同するように「今日のチャコールグレーのスーツはイギリス製らしい」と川原(かわはら)ゆかが情報を付け加える。

昼休み、私たちは学食で日替わりランチのハンバーグを食べていた。
黒須の講義がある月・水・金はほとんど彼の話で持ち切りになる。
ちなみに今日は金曜日だった。

デミグラスソースのかかったハンバーグに箸をつけながら、若菜とゆかのテンションの高過ぎる会話を聞き流す。

黒須圭介には興味を持たないようにしている。

私はみんなみたいに夢の王子様を追いかけるような事はしない。慎ましい幸せが感じられる真面目な人生を送りたい。

「ねえ、春音(はるね)も付き合ってよ。今日はバイトないんでしょ?」

若菜とゆかの目がいつの間にかこっちに向いていた。

「付き合うってどこに?」

「だから、六本木のジャズバー」

ゆかが笑顔を浮かべた。
ジャズバーと聞いて心が揺れる。

「春音ちゃん、ジャズ好きでしょ」

若菜の言葉に小さく驚いた。ジャズが好きなんて話をいつしたんだろう?人には言わないようにしている事なのに。

「せっかくの金曜日だし三人で行こうよ」

ゆかがライブのチケットを一枚差し出した。話に出たバーでライブがあるらしい。チケットには三千円と金額が書いてあった。

うーん、悩む……。

確かにバイトはないけど、家賃と生活費を自力で賄っている身としては少し高い。

「ねえ、行こうよ。絶対に楽しいよ」

ゆかが念を押すように言った。

どうしてもこのチケットを売りたいらしい。

ジャズか。久しぶりに生演奏聴きたいな。

「じゃあ、2000円なら行く」

「えー値切り過ぎ。2800円!」

「2400円でどう?」

「春音様、もう少し上で」

ゆかが揉み手で頼んでくる。

「仕方ない。2600円」

「お代官様ありがとうございます!」

ゆかが満面の笑みを浮かべる。お互いにいい取引が出来た。

ライブが楽しみ。
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