天涯孤独となったはずなのに幸せに溢れています

プロローグ

「いらっしゃいませ」

お昼時になると私は店頭で元気に声を出す。
林田 茉莉花(はやしだ まりか)22歳。このお弁当屋さん安治郎(やすじろう)で働き始めて1年半になる。

「茉莉花ちゃん、今日の日替わりは?」

近くのオフィスからやってくる常連さんがいつものように話しかけてくる。

「今日は鯖の味噌煮弁当とナスと鶏肉のみぞれ煮弁当です」

「じゃ、みぞれ煮ちょうだい」

11時半を過ぎた頃からお客さんがごった返し始めるいつもの光景に慌ただしく、私とオーナーの安治郎さん、奥さんのふみさんとパートの幸子(さちこ)さんの連携で毎日乗り切っている。
オフィス街に店を構え、安くて美味しいと評判の安治郎は種類も多く数多く準備しているが毎日ほぼ夕方までには完売してしまう。
日替わり弁当は一番に売り切れてしまうくらいの人気っぷり。多くのお客さんがまだある? と来て早々に確認される。

「はぁ〜、今日も混んだわね。ちょっと休憩しましょう」

ふみさんの声でようやくひと段落ついたことに気がつく。
ふみさんがお盆の上に置いてくれたお茶を4人で厨房の片隅で飲むのが常だ。

「今日も日替わりお弁当はすぐに売り切れましたね」

「日替わりは多く作ってるんだけど、それでもすぐよね。なんなら肉と魚の日替わりを2種類だけにしたら仕事も楽なんだけど」

そう言いながら恨めしそうに安治郎さんを見るふみさん。

「そりゃあダメだろう。もしそのふたつが嫌いなメニューだったら次に来るのを躊躇うようになる。お昼の1時間に買いに来てくれるんだから、うちで気に入らなければ他の店に行くと時間のロスになるから2度と来なくなるだろうな」

「それは分かってるんだけど……何せお弁当の種類が多くて大変なのよ。ねぇ、茉莉花ちゃん」

ふみさんが私に話を振るので困ってしまう。
苦笑いを浮かべながら、

「確かに日替わりは大人気ですけど、安治郎さんのお弁当は美味しいからどれも人気ですよ。作るのは大変だけどお客さんがどれにしようか悩んでくれている姿を見ると嬉しくなります」

「本当にいい子ね」

幸子さんに不意に頭を撫でられ顔が緩む。
安治郎さんとふみさん、それに幸子さんはみんな60歳間近で3人とも幼なじみ。
母を亡くしたばかりで働き始めた私にとって3人はまるで親のように見守ってくれ、私はここでどれだけ救われたかわからない。
女手ひとつで私を育ててくれていた母がガンだと分かったのが高校2年の終わり。昼間は事務員、夜はスーパーでパートをし、朝から晩まで働き通しだったため病院に行くのが遅れた。
手術ができないほど進行してしまっており抗がん剤で治療していたが治療の甲斐なく大学2年になる頃、亡くなってしまった。
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