崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
 悠にドアを開けてもらい、助手席に座りシートベルトを締めている間に、彼が運転席へと回り込んでいる時、周囲の人たちから羨望の眼差しで見られていたことに気づいた。
 歩きながら胸ポケットから取り出したサングラスを悠が掛けると、そこがもうビーチのように見えた。

 静かなエンジン音と共にナビシステムが目的地の天気を告げる。

 「目的地って?」
 「それはついてのお楽しみ」

 昨日は朱音に高級エステサロンに連れて行ってもらった。
 豪華な建物に、きらびやかな調度品。リネン類も最上級。接客だって、朱音はもちろん、その連れのいかにも庶民な弓弦にもとても丁寧だった。

 ジャクジーに入り、アロマオイルをたっぷり塗られてマッサージを受けた。あまりに気持ちよくて寝入ってしまった。
 それから栄養バランスと美容のことを考えたランチをいただき、午後からはヘッドスパとヘアカット。
 綺麗に切りそろえ軽くすいてもらうと、心も軽くなった気がした。

 小顔マッサージと顔のうぶ毛処理をして、その店で売っている一本一万円以上する化粧品のサンプルをもらった。
 朱音が使っている化粧品は全部この店で買っているという。
 それから近くの高級ブティックへと向かい、そこで今着ている服を揃えた。

 「全部、青海さんがお金を出してくれたって聞きました」

 お金を払うと弓弦が申し出ると、朱音は黒いカードを見せて、これで払うからと言った。それが悠名義のブラックカードだった。

 「あの、まとめていくらか教えて下さい。お金ならありますから。足らない分は後日お支払いします」
 「そのお金は家族へのお土産に使うといい」
 「この前のことなら、あの日の食事で充分です。それに今日のことも、割り勘でお願いします」
 「俺とデートして、払わせるわけにはいかない」
 「男性が全部払わないと行けないなんて、思っていません。今はそんな時代ではないでしょ」
 「いいから甘えておいて。でないと後で朱音になんて言われるかわからない。俺を助けると思って、ここは引いて」

 朱音のことを持ち出されると、弓弦は言葉を呑み込んだ。彼に文句を言う彼女の姿が目に浮かんだからだ。

 「ね?」

 僅かに顔をこちらに傾け、そうお願いされてしまえば、弓弦は何も言えなかった。

 「それから、今日は俺のこと下の名前で呼んでよ。デート相手に『青海さん』じゃ、他人行儀すぎる」
 「え…」
 「理想のデート、するんでしょ? なら形から入らないと。俺も弓弦さん、弓弦ちゃん? いっそのこと、弓弦って呼ぼうか?」

 下の名前で彼に呼ばれ、思わず赤くなった。自分の名前が特別に思える。

 「じゃあ、弓弦、俺の名前は?」

 「でも、名前…お嫌いでしょ?」

 最後の抵抗。女のようだからと「はるか」と呼ばれるのを嫌っていたことを持ち出す。

 「朱音だな」

 ちっと舌打ちで切り替えされ、怒ったのかと思った。
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