崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
 シャンパンの入ったグラスを受け取る際に指が触れた。
 その一瞬のことにも弓弦の心臓は鼓動を速める。
 シャンパンを一気に煽り、弓弦の体温は一気に上がる。

 「どうしてここまで…」

 怪我をさせたことに対する詫びと言われればそうなのだろうが、弓弦には過ぎた体験だった。
 車でのドライブ、それで帳消しくらいに思っていたのに…悠も朱音も、どうして会ったばかりの自分にここまでしてくれるのか。
 朱音は初めから親切だった。
 でも悠は…いくら朱音の指示だからと言え、ここまで色々と手配してくれているなんて、そこに自分に対する異性としての好意を期待してしまう。

 「ここまでしてもらえる価値は私には…」
 「ストップ」

 言いかけた弓弦の言葉を悠が遮った。

 「今日、俺たちはデートしているんだ。楽しんで貰いたいから、そうしている。それだけだ」

 既に誰かと経験したことがあるデートコースを、彼は繰り返しているのだろうか。自分とは違い、最初から本当の恋人同士の関係のその人と、今どうなっているんだろうか。
 ここまで恋人に演出してもらえたら、それだけで幸せな気分になる。

 「普段、俺は親のものを使ったり当てにしたりしない。今日は特別だから、頼み込んだ」
 「でも、船舶免許…」
 「学生のうちに取れる免許は色々と取ったから。あっても邪魔にならないし」

 彼の両親との関係がどの程度のものかわからないが、グループ経営している親の会社に入るのではなく、自分で会社を一から立ち上げたのだから、独立心が強いんだろう。
 普段頼らないことを、今日私のためにしてくれたと聞いて、更に弓弦の胸は高鳴った。彼女を喜ばすために彼は心を碎いてくれている。

 「ありがとうございます。とても素敵な想い出になります」
 「喜んでもらえて良かった」

 シャンパン一杯で弓弦は顔が火照って赤くなった。

 「お酒、本当に弱いんだ」
 「嘘なんてつきません」

 耳まで赤くなっているのがわかる。それはきっとお酒のせいばかりではない。
 普段飲まない…きっとこの先飲めるかどうかもわからない高級シャンパン。目の前の男性が醸し出す空気が弓弦を更に酔わせる。

 「食べたら上に行こう。そろそろ目的地に着く筈だ」
 「目的地?」
 「釣りは好き?」
 「釣り?」
 「伊豆沖に向かっているんだ。いい釣り場だよ」
 「釣りはしたことないです」
 「じゃあ、大物が釣れるかもしれない。ビギナーズラックってやつだ」

 そう言っているうちに、船が止まった。
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