崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
 ルームサービスの新鮮な魚貝を使った料理はどれも美味しかった。
 白身魚のカルパッチョ。アクアパッツァにシーフードリゾット、デザートはレアチーズケーキ。

 「ありがとうございます。私にとっては素敵な一日でした」

 デザートを食べ終え、悠とのデートも終わりが近づく。
 弓弦にとっては充分思い出深い一日だった。

 「でした? まだ今日は終わっていないけど」
 「え?」

 悠は腕時計の盤を弓弦に見せる。時刻は午後八時。今日が終わるまで後四時間ある。

 「でも、もう充分です」
 「本当に?」
 「だって・・これ以上は」
 「弓弦さんの理想のデートってドライブして食事して、それで終わり?」

 そう聞かれて弓弦は戸惑う。望まぬ結婚の前の最後の思い出づくりで都会に出てきた。
 そして婚活パーティやナイトクラブに通ったが、今のところ全滅だった。

 「弓弦さんがしたかったデートはこれで終わり?」
 「・・でも」

 弓弦の瞳が揺れる。悠が手を伸ばしてきて、弓弦の頬を撫でる。弓弦の知らない男の色気が漂ってくる。

 クルーザーで飲んだシャンパンがまだ残っていたのかも知れない。
 食事で飲んだワインのせいかもしれない。
 気分は崖っぷちだったから、やけくそだったのかも知れない。
 それとも青海 悠という人物の毒気にも似た色気に当てられたとも言える。

 黙って見つめていると、悠の親指が弓弦の唇に振れた。

 「私・・そんな夢を見させてもらえるほど、いい行いをしていません」

 本当の恋人同士のような親密な雰囲気に、弓弦の心臓は激しく鳴り響き、喉が張り付くような緊張感が漂う。

 「悠さんは、どうしてここまで私につきあってくれるのですか」

 いくら弓弦の思い出づくりだと言っても、そこまでする義理は悠にはない。女性なら誰でもいいわけじゃない。
 そう言っていたのは弓弦を怖がらせないための嘘で、実は女性からのサインがあれば喜んでセックスするんだろうか。
 それとも弓弦の境遇に深く同情しているのだろうか。

 「何でだろうね」

 悠は自分でもわからないと言った。
 弓弦にはもう後がない。これまで婚活パーティやらナイトクラブやらに出かけても成果は上がらず、ようやく見つかっても、結局逃げてきた。少し好感がもてれば誰でもいいと思っていたが、実のところ誰でもいいわけじゃなかった。
 もしあのまま失敗続きで何も起らないまま、帰る日を迎えることになっても、残念だと思うだけだっただろう。
 でも悠に出会ってしまった今、このまま何もなく帰ってしまったら、きっと後悔すると思った。

 「悠さんでないなら、他の誰でも駄目です」
 「そう言ってくれるほど、俺のこと気に入ってくれているって事でいいのかな」
 「はい、是非、お願いします」

 ご指導を請うような気持ちで意気込む弓弦の頭を、悠は優しく撫でた。

 「じゃあ、もし途中でやっぱり嫌だと思ったら、いつでも言って」

 そんなことにはならないという確信が弓弦にはあった。

 「目、閉じていて」

 悠の顔が次第に近づき、吐息が頬にかかる。言われるままに目を閉じる。
 目が見えると、どうしても視力に頼ってしまう。視覚を遮断すると、自然とそれ以外の感覚が際立ってくる。

 微かに聞こえる悠の息づかい、顔に触れる悠の手の温かさ、悠のつける爽やかな香水の香り。
 そして、柔らかい唇が自分のそれと重なる。食事と一緒に飲んだ芳醇なワインの香りが鼻腔をくすぐった。
 知らずに息を詰め閉じていた唇が、そっと悠を受け入れるために開いた。
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