崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
 約束の一ヶ月より少し早くに、弓弦は家へと帰った。
 両親は弓弦がこのまま逃げて帰ってこないことを望んでいたらしい。
 弓弦が帰れなければ、両親がどんな目に合うか。両親だけじゃない。会社の人たちだってきっと酷い目に会う。
 母親は一ヶ月前と何か雰囲気が変わったと気づいたようだった。
 東京でどんなことを経験したのか、両親は一切弓弦に尋ねなかった。弓弦もうまく話せる自信がなかったので、何も言わなかった。

 「逃げずに帰ってきたことは褒めてやろう。まあ、逃げたところで無駄だがな」

 戻ってきたことを伝えるため訪れると、高畠は引き笑いしながら弓弦を値踏みするように見つめた。
 式は二週間後だといやらしい目つきでそう言われ鳥肌が立ち、込み上げてくる嫌悪感を呑み込んだ。


 家に帰り自分の部屋のベッドに横になると、つい悠との一夜を思い出してしまう。
 もうあんな人に出会うことなどこれからの人生一生無いと思える。
 高畠は今は六十歳。彼との結婚生活がどれほど続くかわからないが、その間に悠は弓弦の知らない誰かと結婚するだろう。
 自分が他の男性と結婚するくせに、悠が結婚するだろう女性に嫉妬してしまう。
 朱音のような人だろうか。それとももっと清楚なお嬢様かな。どちらにしても弓弦ではない。
 そんなことを想像すれば辛いだけなのに、やめられなかった。
 披露宴は、出席者は弓弦の両親と、高畠の側近たちのみ。
 弓弦は成人式の時に両親が買ってくれた、赤に牡丹や蝶の柄が付いた振り袖を着る。

 喪服でも着ればよかっただろうか。気分はお通夜だった。

 父親の運転で高畠の家へと向かう。もうすぐ高畠の家に着くという時、家の前が何やら騒がしかった。
 父が異変に気づき呟く。後部座席からフロントガラス越しに進行方向を見れば、たくさんの車でが停まっていて、よく見ればパトカーまでいる。

 「見てくるからお前たちはここにいなさい」

 手前の道路脇に車を停めて、父が近くまで様子を見に行った。
 母親と二人で車内で待っていると、父が誰か制服警官と共にこちらへ戻ってきた。

 「藤白弓弦さんとご家族の方ですね」
 「そ、そうですが…」
 「自分は県警の者です。今朝早く高畠達に逮捕状が発行され、県警本部と地検が高畠被告の身柄を確保しました」
 「え!」

 車内に驚きの声が響く。

 「そうらしい。それで我々には家に帰るようにとのことだ。後で詳しいことを説明に来てくれるそうだ」

 弓弦はわけがわからず、母親と顔を見合わした。
< 19 / 22 >

この作品をシェア

pagetop