崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
ー高畠
姓しか登録していない相手が表示されている。
「出ないのか?」
画面を見つめて固まる弓弦に悠が怪訝そうに尋ねた。
「で、出ます。すみません」
二人から離れ、玄関の方に移動し、通話にスライドする。
「は、」
『遅い!』
耳に高畠の怒鳴り声が響いた。
「す、すみません。手、手が濡れていたので」
『お前、いつまでそっちにいるつもりだ? 来月には結婚式なんだぞ。まさか逃げようと思っているわけじゃないよな』
六十歳にしては力強い声だった。声も大きいのでスピーカーにしていなくても声が漏れる。
「わ、わかっています。でも、約束は守ってください。一ヶ月、自由にしていいって」
『覚えておけ。それもお前の行動でどうなるかわからんぞ。もし逃げたりしたら』
「に、逃げません、ちゃんと約束は守ってあなたと結婚します。ですから後一週間、何も言わず放っておいてください。来週末には帰りますから」
『変な気を起こすなよ。わしにはあちこちに伝手がある。逃げてもすぐに見つけるからな』
それだけ言って高畠は電話を切った。
「ふう」
まだ彼の声が耳に残っている。電話越しでもそうなのだから、結婚して側にいたらずっとあの声を聞かなくてはならない。
第一、あの男とセックスすることを考えるたび恐ろしくなる。
結婚の話を持ちかけられ、何度か彼と食事をしたが、節くれ立ってシミのできた手に触れられただけで嫌悪感が湧き上がった。どこかのスナックのママともいまだ愛人関係にあるとも聞く。
一年前になくなった奥さんも、どこかいいところのお嬢さんだった。
それをお金の力で無理矢理妻にしたというのを、最近聞いた。
二人の間に子どもができなかったため、彼にはまだ跡取りがいない。愛人達も誰も妊娠していない。となれば彼が子どもができない体ではと誰もが思っているが、当の本人は認めたがらない。
もう一度重いため息を吐いて玄関からリビングの扉を開けると、そこに朱音が立っていた。
「く、九條さん?」
呆然としている彼女に声を掛ける。もしかして電話の話を聞かれていた?
「な、何、今の、逃げるとか逃げないとか」
やはり聞こえていたようだ。弓弦はどう答えるべきか考えた。
「何でもありません。九條さんたちには関係ないことです」
「そ、それはそうだけど・・」
「私がそれでいいと納得していることですから」
「わ、私・・あ、お弁当が来たみたい」
携帯に連絡が入り、朱音は玄関に受け取りに出た。
今日会ったばかりの、この先会うことも無い人に事情を話したところで何が変わるだろう。
幸せな結婚をしている朱音を見て、自分が惨めになっただけだ。
誰かを恨むのは簡単だ。過去に戻れるなら、借金をする前に戻りたい。でも、それは無理な話だ。
リビングに戻ると、ちょうど服を着替えた悠が寝室から出てくるところに出くわした。
カーキ色のトレーナーに白のチノパン。靴下は履いていなくて裸足だ。髪はさっきより崩してあって前髪が全て下ろしてある。
ああ、こんな人と一度でいいから、デートしてみたかったな。今同じ空間にいるだけで満足するべきなのに、弓弦の心には虚しさが湧き上がった。
「朱音は?」
「あ、今玄関に」
「そうか」
彼も玄関の方へ歩いて行く。朱音には聞こえてしまったようだが、着替えに行っていた悠には聞こえなかったらしい。
お弁当を食べたら今度こそ帰ろう。残り一週間ある。でも弓弦はもう婚活はやめようと思った。
今申し込んでいる分は早々にキャンセルしよう。
自分はもう悠に出会ってしまった。少々怒りん坊だが、それも彼の魅力に見える。
これからどんな婚活パーティに参加しても、きっと彼と比べてしまうだろう。でも、それは彼ではない。
探せば自分に合った人がいそうなものだが、彼女はもう疲れていた。また今日のように体の関係を強要されたりする生活は、私の望みじゃないとわかった。
滲む涙を必死で堪えた。
姓しか登録していない相手が表示されている。
「出ないのか?」
画面を見つめて固まる弓弦に悠が怪訝そうに尋ねた。
「で、出ます。すみません」
二人から離れ、玄関の方に移動し、通話にスライドする。
「は、」
『遅い!』
耳に高畠の怒鳴り声が響いた。
「す、すみません。手、手が濡れていたので」
『お前、いつまでそっちにいるつもりだ? 来月には結婚式なんだぞ。まさか逃げようと思っているわけじゃないよな』
六十歳にしては力強い声だった。声も大きいのでスピーカーにしていなくても声が漏れる。
「わ、わかっています。でも、約束は守ってください。一ヶ月、自由にしていいって」
『覚えておけ。それもお前の行動でどうなるかわからんぞ。もし逃げたりしたら』
「に、逃げません、ちゃんと約束は守ってあなたと結婚します。ですから後一週間、何も言わず放っておいてください。来週末には帰りますから」
『変な気を起こすなよ。わしにはあちこちに伝手がある。逃げてもすぐに見つけるからな』
それだけ言って高畠は電話を切った。
「ふう」
まだ彼の声が耳に残っている。電話越しでもそうなのだから、結婚して側にいたらずっとあの声を聞かなくてはならない。
第一、あの男とセックスすることを考えるたび恐ろしくなる。
結婚の話を持ちかけられ、何度か彼と食事をしたが、節くれ立ってシミのできた手に触れられただけで嫌悪感が湧き上がった。どこかのスナックのママともいまだ愛人関係にあるとも聞く。
一年前になくなった奥さんも、どこかいいところのお嬢さんだった。
それをお金の力で無理矢理妻にしたというのを、最近聞いた。
二人の間に子どもができなかったため、彼にはまだ跡取りがいない。愛人達も誰も妊娠していない。となれば彼が子どもができない体ではと誰もが思っているが、当の本人は認めたがらない。
もう一度重いため息を吐いて玄関からリビングの扉を開けると、そこに朱音が立っていた。
「く、九條さん?」
呆然としている彼女に声を掛ける。もしかして電話の話を聞かれていた?
「な、何、今の、逃げるとか逃げないとか」
やはり聞こえていたようだ。弓弦はどう答えるべきか考えた。
「何でもありません。九條さんたちには関係ないことです」
「そ、それはそうだけど・・」
「私がそれでいいと納得していることですから」
「わ、私・・あ、お弁当が来たみたい」
携帯に連絡が入り、朱音は玄関に受け取りに出た。
今日会ったばかりの、この先会うことも無い人に事情を話したところで何が変わるだろう。
幸せな結婚をしている朱音を見て、自分が惨めになっただけだ。
誰かを恨むのは簡単だ。過去に戻れるなら、借金をする前に戻りたい。でも、それは無理な話だ。
リビングに戻ると、ちょうど服を着替えた悠が寝室から出てくるところに出くわした。
カーキ色のトレーナーに白のチノパン。靴下は履いていなくて裸足だ。髪はさっきより崩してあって前髪が全て下ろしてある。
ああ、こんな人と一度でいいから、デートしてみたかったな。今同じ空間にいるだけで満足するべきなのに、弓弦の心には虚しさが湧き上がった。
「朱音は?」
「あ、今玄関に」
「そうか」
彼も玄関の方へ歩いて行く。朱音には聞こえてしまったようだが、着替えに行っていた悠には聞こえなかったらしい。
お弁当を食べたら今度こそ帰ろう。残り一週間ある。でも弓弦はもう婚活はやめようと思った。
今申し込んでいる分は早々にキャンセルしよう。
自分はもう悠に出会ってしまった。少々怒りん坊だが、それも彼の魅力に見える。
これからどんな婚活パーティに参加しても、きっと彼と比べてしまうだろう。でも、それは彼ではない。
探せば自分に合った人がいそうなものだが、彼女はもう疲れていた。また今日のように体の関係を強要されたりする生活は、私の望みじゃないとわかった。
滲む涙を必死で堪えた。