お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 寝返りをうったカルヴァドスの腕が無意識にアイリーンを探した。
 アイリーンが居ないことに気付いたカルヴァドスは、ボーッとする頭を枕に沈めたまま、時計に目を走らせた。
 時間は七時四十五分、早くもなければ遅くもない時間だった。
 しかし、正確に表現するなら、船乗りにしては起きるのに遅い時間だったし、貴族にしては起きるのに早すぎる時間だった。
 アイリーンが出て行ったなどとは思っていないカルヴァドスは、トイレにでも行っているのだろうと、再び目を閉じた。
 昨夜は、調子に乗って何度も口付けているうちに抑えが効かなくなりそうになり、あわてて退散し、気分を紛らわすために強い酒を三杯ほど煽るようにして飲んだせいもあり、妙に体がだるかった。
 お茶も散歩も買い物も楽しかった。久しぶりに紳士として振る舞えるかは不安だった。アイリーンは笑って許してくれたが、かなりあがってワルツのステップは結構間違えて、危うくアイリーンの足を踏みそうになったのも事実だった。
 でも、今でも信じられない。この十年間、ずっと、ムリだとみんなにバカにされ、呆れられたデロスの姫巫女と相思相愛になれたなんて、夢じゃないかと自分で自分の頬をつねって見たくなるくらい幸せで、夢の中で踊り出してしまいそうだった。
 どんな事情があるのかはまだ不明だが、少なくともアイリーンは三ヶ月弱はタリアレーナに滞在する。そして、デロスに戻るまではパレマキリアの変態王子はアイリーンに、指一本触れることはできない。
 しかし、一度アイリーンがデロスに戻れば話は違ってくる。
 アイリーンがタリアレーナに滞在している間に、なんとか渡りを付けてデロスの窮状をエクソシアの皇帝の耳に入れ、エクソシア軍によってパレマキリアを牽制させる必要がある。
 もう、腹はくくった。腹立たしいが父に頭を下げる覚悟もできた。アイリーンの為なら、どんなこともできる。しかし、一番の問題は、父が用意した三人の婚約者だ。
 家に戻った途端、結婚でもさせられたら、一夫多妻を認めないデロスの姫を妻に貰うことができなくなる。そのための根回しも必要で、そこを間違うと一生よいお友達でと言う悲劇に見舞われる。
 微睡みながら考えていたカルヴァドスは、アイリーンが戻ってこないことに気がついた。
「アイリ?」
 バスルームに向かって声をかけてみるが返事はない。
 それに、よく見れば扉が少し開いていた。
「アイリーン?」
 思わず、本当の名前を呼んでしまってから、カルヴァドスは口を手で押さえて辺りを見回すと、枕の上に置かれた封筒が視界に入った。
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