エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「エレクトーンって、いろんな音が出るからおもしろい」

珠希に代わってエレクトーンの前に腰かけ目を輝かせている女の子に、珠希は優しくうなずいた。
珠希の演奏を耳にしてホールに入ってきたのは、三好遥香という八歳の女の子。
半年程前に交通事故に遭い、頭部をはじめ全身に重傷を負って以来、白石病院で入院生活を送っているらしい。
今日は脳神経外科の診察を受けたあと、医師とともにリハビリを兼ねて院内を散歩していたそうだ。
今も医師が遥香の傍らに立ち、彼女を見守っている。
首にぶら下がっているIDカードには脳神経外科・医師 宗崎碧と書かれている。
三十代前半だろうか、長身できりりと整った顔立ちの男性だ。
短めの髪と意志が強そうな大きな目ときれいに通った鼻筋。
そして引き結ばれた口もと。
一見クールな印象だが、遥香を見る彼の表情は柔らかく温かい。
珠希は心なしか自分の体温が上がったような気がして、慌てて宗崎の白衣から目を逸らした。
別の打ち合わせが入っていた藤野と小田原はすでに別室に移っている。
その結果、広いホールには、珠希と遥香、そして医師である宗崎の三人だけが残っている。

「このエレクトーンでは無理だけど、練習を始めたばかりの子ども向けのエレクトーンだと動物の鳴き声も出るのよ」
「そっかー。すごい、さっきのグリシーヌの曲はCDで聴くのとおんなじ音だったもん。ここにグリシーヌがいるかもしれないってびっくりした」
「ふふっ。がっかりさせてごめんね。グリシーヌが演奏しているのと同じ音をデータを使って再現できるのよ」

珠希はエレクトーンの端に挿しているUSBを指差し、説明する。

「すごいなあ……。遥香も弾いてみたい。だけど……」

遥香は肩を落とし小さくつぶやいた。

「遥香ちゃん?」

遥香のくぐもった声に、珠希は首をかしげる。
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