エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
今の今までエレクトーンに興味津々で楽しそうにしていたのに、どうしたのだろう。
体調が悪いのだろうかと慌て、背後に立つ宗崎に視線を向けた。
宗崎は珠希を安心させるように笑顔を向け、微かに首を横に振る。

「弾いてみたいなら練習したらいいと思うよ。そろそろ退院できそうだってリハビリの先生も言ってたから、お母さんと相談したらどうだ?」

宗崎は椅子に腰かけている遥香と目を合わせるように膝をつき、ポンポンと彼女の頭を撫でる。

「遥香ちゃんが好きなグリシーヌだって弾けるようになると思うぞ」

穏やかな口調で遥香にそう言いながら、宗崎は同意を求めるようにちらりと珠希を見る。

「練習したらグリシーヌの曲を弾けるようになって楽しいよ」

エレクトーンに限らず子どもに音楽に興味を持ってもらえるのはうれしい。
遥香がアイドルグループの曲をきっかけにエレクトーンに興味を持ったのなら、是非とも応援したい。

「遥香ちゃんと同い年の子もたくさん練習してるよ。もちろんグリシーヌが大好きな子もいっぱいいるし」
「そうなんだ……」

淡いピンクのトレーナーの裾を指先でもて遊びながら、遥香は沈んだ声でつぶやく。

「どうした? 大丈夫だよ。誰でも最初は不安なんだ」

励ますようにそう言って、宗崎は遥香の頭をくしゃりと撫でる。
遠慮のないその親しげな動きに、遥香はおずおずと顔を上げた。 

「だって遥香の手、みんなと違う。ちゃんと動かないし、傷がいっぱいだもん」

遥香は目を潤ませてそう言うと、ぎこちない動きで両手を宗崎の目の前に差し出した。

「お箸の練習をしても、まだスプーンでしかご飯食べられない。エレクトーンだって無理に決まってる」

珠希は遥香がホールに入ってきたとき、わずかに足を引きずっていたのを思い出した。
入院中の患者なのだ、明るい笑みを浮かべていても、身体のどこかに弱点を抱えているのは当然だ。


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