エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「遥香ちゃんは、いくら頑張っても思うように効果が出ないからリハビリをさぼりがちなんだ。だからなおさら手や足の回復が遅れてしまうっていう悪循環。まあ、まだ八歳の子どもだし、交通事故で学校にも行けなくてつらい思いをしているから、俺たちも強く言えないんだよね」
「そうなんですか……」

宗崎の淡々とした声に、珠希は相づちを打つ。

「別に問題ないから気にしなくていいよ」

宗崎は珠希との距離を詰め、ぽつりと返した。

「遥香ちゃんがあんなにわくわくしている顔を久しぶりに……いや、違うな。入院して以来初めて見たかもしれない」
そこで言葉を一度区切り、宗崎はわずかに眉を寄せた。

「俺たち医師は病気や怪我の治療を最優先に考えるから、遥香ちゃんがなにに興味を持ってなににときめくかなんて後回し。昨日今日とリハビリをさぼった遥香ちゃんを診察後に散歩に連れ出したはいいけど、なにを話していいのかわからないし全然楽しそうじゃない」

宗崎は苦笑し小さく息を吐く。

「だけど、ホールから大好きな曲が聞こえてきた途端表情が一瞬で変わったんだよ。まだ少しひきずる足で一目散にホールに入って行くんだ。よっぽどあの曲が好きなんだな」
「そうだったんですね」

突然ホールに飛びこんできた遥香は、全身でグリシーヌの曲が好きだと訴え、珠希をきらきらした目で見つめていた。

「それに、リハビリを続ければ手も足も元通りになるはずだから、エレクトーンを始めるのはいいと思う。リハビリを頑張るモチベーションにもつながるだろうし」
「……よかった」

遥香の手足が元通りになる可能性が高そうで、珠希はホッと胸をなで下ろす。

「あ、だったら」

珠希は椅子の上に置いていたバッグの中から名刺を取り出し、宗崎に差し出した。

< 16 / 179 >

この作品をシェア

pagetop