エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「紗雪落ち着いて。先生はパパの容態に合わせてお薬を決めてくれてるんだから」
「そんなのわからないわよ。手術しても回復しないどころか話せなくなってしまうなんて、信じられない。この点滴はなんのお薬? 教えてよ笹原先生、それに碧。パパはいつになったら前みたいに笑えるようになるの? 話せるようになるの?」

悲痛な声が病室から漏れ聞こえ、看護師が駆けつけた。

「如月さん、落ち着きましょう」
「だって、パパは……パパは……」

泣き崩れる声が珠希の耳にも届く。きっと、病棟内にいる誰もが紗雪の悲しい声を聞いているはずだ。

「如月さん」

碧の声が聞こえる。さすがに声は抑えているが、その声は固く緊張しているのがわかる。
珠希はこの場を離れるべきだと思いながらも、碧のことが気になり動けない。

「先日の手術のあとにもお話ししましたが、手術で完全に病巣を取り除くことはできませんでした」

珠希は病室に背を向けたまま、碧の声に耳をかたむける。
五年前に珠希も聞いた覚えがある言葉が、胸に痛い。

「お父さんが完全に以前と同じ生活ができるようになるのかどうか、今はわかりません。力不足で申し訳ありません」
「医者なら治してよ。手術を二回もして、お薬も効いてるはずだよね。これで治らなきゃおかしい。ねえ、笹原先生、そうでしょ。碧だっておかしいと思うわよね。頭を下げて謝ってなんて頼んでない。パパを助けてよ。パパの身体を元に戻してよ」

紗雪の号泣する声が響きわたり、珠希はたまらずその場を離れた。
病院を出て、駅までの道をひたすら歩き、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死で我慢する。
どうしても頭に浮かぶのは、やはり五年前のことだ。
祖父の手術のあと、笹原から祖父が完治する可能性は少ないと告げられた。
目の前で頭を下げる笹原を見つめながら、医師は魔法使いではないこと、そして薬は万能ではないことを思い知らされた。
その現実に、今紗雪は打ちのめされているはずだ。
あのときの珠希と同じように。
碧もきっと、つらい思いに耐えている。
魔法使いになれない自分が悔しくて、心の中で泣いているはずだ。
紗雪以上の激しさで。

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