エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
長く綺麗な指の隙間から見える頬は気のせいか赤らんでいる。
珠希は首をかしげ、そっと距離を詰めた。

「芸能人って、あの――」
「それは、もういいんだ」

碧は珠希の言葉を遮ると、楽譜とCDを荒い仕草で受け取った。

「これ、プレゼント包装してもらえるのかな」
「あ……はい、もちろん大丈夫です」
「だったらとりあえず、買ってくるよ」

そう言って足早にレジに向かう背中を見つめながら、束の間碧が見せていた不機嫌な表情は見間違いだったのかと、珠希は首をひねる。
そして。

「あ、CDは私が買います」

楽譜とともにCDも一緒に買おうとしている碧を、慌てて追いかけた。




楽譜を買い終えたふたりは、再び車に乗り込んだ。
日曜日ということで、オフィス街は定休日の飲食店が多く、ひっそりしていて明かりも少ない。
珠希は緊張した面持ちで助手席に収まった。
車は空いている大通りを順調に走り、馴染みのある景色が次第に遠ざかっていく。
このまま車は珠希の自宅に向かうのだろうと考えていたが、碧は最初の信号で自宅とは逆の方向にハンドルを切った。
その迷いのない運転に、どこか行きたい場所でもあるのだろうかと、珠希は運転席を見た。

「いそやまの和菓子は絶品だけど、さすがにお腹がすいたよな」

珠希の視線を感じたのか、宗崎は視線を正面に向けたままそれに答えた。

「そうですね……」

そう言いながらも、見合いの席では緊張していて珠希には菓子の味などわからなかった。
抹茶の苦みも餡の甘さも栗のまろやかさもどれも同じ味と食感にしか思えず、ただ口に運んでいただけだった。
今も緊張し、握りしめた両手を膝の上に置いてひたすら前を見つめている。
密室の車内に男性とふたりきり。そんなシチュエーションに慣れていないせいだ。
目的を果たして車がどこに向かっているのかもわからない今、緊張するなというのが無理な話だ。
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