エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「食事をする時間はある?」
「は、はい。あります……え?」

珠希は聞き間違いだろうかと目を瞬かせた。

「夕食。ここから少し走ったところによく行く店があるんだけど。いいかな? なんて一応聞いてるけど、実はもうそこに向かってるし、予約も入れてるんだ」
「え、私と、夕食、ですか?」

見合い終了と同時にお別れではなかったのだろうか。
急遽楽譜を買いに出かけたが、それは退院が近い遥香を思ってのことで、見合いとは別の話だと思っていた。
碧は珠希の戸惑いを気にせず平然と運転を続けている。
しばらくすると車は赤信号で停まり、碧はハンドルに両腕を預け珠希に顔を向けた。

「どの料理もおいしいお勧めの店だから、連れて行きたいんだけど」

車内に色気のある低い声が響き、珠希の脈が一気に速くなる。

「は、はい……よろしくお願いします」

もうしばらく一緒にいられるのだ。思ってもみなかった誘いに胸を高鳴らせ、珠希はこくこくとうなずいた。




碧お勧めの店というのは、白石病院の目の前にあるレストランだった。
この間打ち合わせで病院を訪ねた帰りに見かけたレンガ造りの店だ。

「面白みのない場所で悪い。だけど味は保証する」
「いえ、それは全然……」

車を降りた珠希は辺りを見回しぼんやりつぶやく。
ちょうど近いうちに来たいと思っていたところだったので、この偶然にかなり驚いている。
店に隣接する駐車スペースから後ろを振り返ると、道路を挟んだ向こう側に白石病院が見える。
十九時を過ぎた今も病棟の各階には明かりが煌々と灯っていた。

「勤務先の近くなんて色気ゼロだよな。見合いの後っていう特別な時間なのに」

白石病院と目の前のレストランを交互に眺めていた珠希に、碧は肩をすくめた。

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