エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
気楽な調子の碧に、珠希はひどく慌てた。

「まずいんじゃないですか? もしも宗崎さんに気づいたら、私のことをあれこれ聞かれますよね。からかわれたりとか」

とっさに足を止めた珠希を見下ろし、碧はなんてことのないように肩をすくめた。

「声をかけられたら、見合いの後で食事に連れ出したって言って紹介しようかな。まあ、嘘じゃないし」
「み、見合いって、それはやめておいた方が」

碧は将来を期待されているうえに、見た目抜群の脳外科医だ。
院内で注目はもちろん女性からの人気は高いに違いない。
見合いをしたと知られれば、たちまち噂が広がるはずだ。

「絶対にからかわれますよ。患者さんも面白がってあれこれ言ってくるかも」
「いいんだ、それで」

碧は店の入口の前で立ち止まると、珠希とは対照的な穏やかな表情で振り返った。
予想とはまるで違う碧の静かな眼差しに、珠希の心臓が微かに音を立てた。

「でも、治療しづらくなるんじゃ――」
「本当にいいんだ。患者さんにからかわれるくらいどうってことない」

碧は優しい眼差しで珠希の言葉を遮った。

「それって俺をからかえるほど病状が回復して気力が戻ってきてるってことだから、逆にうれしいんだ。いくらでもからかってくれてかまわない」

碧の顔に、断固とした思いが浮かんでいる。

「俺をからかってもいいし、怒ってもいい。愚痴をこぼしてくれてもいい。感情表現は、心と体にある程度の余裕があってのことだから、医師としては大歓迎」

迷いのない力強い言葉に、珠希はぐっとくる。
彼はやはり医師なのだ。それも患者への責任感が強い、頼れる医師。
患者の回復が最優先で、自身への評価や風当たりは二の次なのだろう。
珠希の中に、これまで感じたことのない強い思いがわき上がってくる。

「こんな話、つまらないな。ごめん」 

ふと我に返ったのか、碧は照れくさそうに目を細めた。
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