エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
見た目は落ち着いているが、本来の碧は単純で子どもっぽいタイプなのかもしれない。
そして、そこが彼の魅力のひとつのような気がした。
今日顔を合わせて以来続いていた緊張感が、珠希の中からすーっと解けていく。

「とりあえず、入ろうか。席の予約はしてあるけど、料理はふたりで決めたくてまだなんだ。俺は控えるけど、もしワインでも飲みたかったら遠慮せずに飲んで」

珠希は首を横に振る。

「お酒に弱くて滅多に飲まないんです。それよりも、宗崎さんが絶賛しているお料理が楽しみです」

そう口にした途端、お腹がすいていることに気づいた。
見合いを控えて緊張し、朝からろくに食べていないので当然だ。

「お勧めはオムライス。あ、海老フライもかなり大きくて食べ応え抜群。パンも焼きたてが食べ放題で、どれもおいしい」

碧の弾む声が、珠希の空腹をさらに刺激する。

「オムライスも海老フライも大好物なんです」

珠希はあまりの空腹に今ならお勧めをすべて制覇できそうな気がした。
ここにきてようやく碧との時間を楽しめる余裕が生まれ、足取りも軽い。

「あ、好き嫌いはある?」
「なんでも食べられて、たくさん食べます」

リラックスして答える珠希の声に、碧はくっくと笑う。

「そう言われても、あまりにも華奢で信じられないな。あ、そこ気をつけて」

碧はエントランスの段差を気にかけ、とっさに珠希の腰に手を回し支える。そのスムーズな仕草に珠希はドキリとし、息を止めた。

「春先には店の周りに咲き誇る花が綺麗なんだ。ここはうちの患者さんや家族も来るから、店長が少しでも気持ちが癒やされるようにって手入れしてくれてる」
「そうなんですね。来年の春が楽しみです」

珠希は何気なさを装い笑顔で答えるが、背中に置かれた手の温もりが気になって仕方がない。

「もしかしたら、今もうちのドクターとか患者さんの家族がいるかもしれないな」

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