エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「ごめんなさい、怪我はないですか?」

ぶつかりそうになったのは女性のようだ。
珠希は碧の腕の中でその声を聞いていた。
碧のおかげで怪我はないが、気づけば抱きしめられていて、珠希の全身がかあっと熱を帯びる。
家族以外の男性に抱きしめられるのは初めてだ。
見た目の印象よりも固い胸にドキリとする。

「……紗雪?」

 頭上から碧のかすれた声が聞こえた。

「碧? え、嘘。偶然ね……それより、大丈夫? 私、ぼんやりしていて」
「ああ、大丈夫。……それよりいつカナダから帰ってきたんだ?」

今ぶつかりそうになった女性は、碧の知り合いのようだ。
珠希は碧の腕の中で息を潜めた。

「二週間ほど前に帰国したの。異動と引っ越しでばたばたしてたけど、ようやく落ち着いたかな。帰国前から碧に会いたくて連絡しようと思っていたから、ちょうどよかった」
「連絡?」

碧の声はひどく素っ気ない。
いったいこの女性は誰なのだろうと、珠希は聞き耳を立てる。

「五年ぶりよね。久しぶりにふたりで食事でもどうかと思って。連絡先は変わってない?」

珠希は碧と親しげに話している女性が気になりおずおずと顔を上げた。
すぐに表情を消した碧が目に入る。
彼の視線の先には、スラリと背が高くショートカットが似合っている美しい女性がいた。
細身のジーンズにざっくりとした編み目のセーターというカジュアルなスタイルだが、意志が強そうな大きな目には色気もあり、全身艶やかな雰囲気をまとっている。
無造作に腕にかけているオレンジ色のコートが、彼女の華やかさにマッチしている。
碧と同い年くらいだろうか。珠希のことは眼中にないようで一心に碧を見つめている。

「今も白石病院で働いているのね。HPで顔写真を見て驚いたわ。そろそろ実家の病院に移ってる頃かなと思っていたのよ。でも、ここで会えるなんて、うれしい」
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