虜にさせてみて?
それぞれの未来に繋がる今日
響がまさか、夢の国に行きたいと言い出すなんて思わなかった。

今、思い出すと響の一言、一言に頬が緩んでしまう。

曖昧だったけれど、本当にプロポーズだと思ってて良いのかな?

旅行から帰って来てからというもの、仕事に身が入らない。

「お疲れ~、フロントに寄ったら、ひよりに荷物が届いてるってさ」

ラウンジにお客様は来なくて、暇さえあれば、繰り返し思い出してしまう、響の言葉。

ボンヤリとしながら植木に水をあげていたら、さっちゃんが裏口から入って来た。

「あ、お土産とかだよっ」

「イヤらしい奴めっ! 水野君との一泊旅行、どうだったの?なーんて、聞いてやらないけどね」

「さっちゃんの意地悪っ!」

開店前のフレンチレストランの準備スタッフのさっちゃんは、出勤すると一度は顔を出す。

さっちゃんの意地悪は、響並みで私をよくからかう。

「それから事務所前に、新しい寮の部屋割りが貼り出されてたから、お昼に見てきな」

「うん、有難う。さっちゃんにもお土産あげるからねっ」

「ラブなお土産なんか、いらないよーだっ」

「もうっ!」

本当に本当に、さっちゃんは意地悪なんだからっ!

さっちゃんは同期だが、私よりも二つ上の短大卒なんだ。

お姉さん的存在でありながら、皆に平等であり、サバサバしていて頼りがいがある。

さっちゃんも大好きな存在。

さっちゃんとも離れたくないのが本音。

……って、結婚して東京に行く事が決まった訳ではないのに、私はその事ばかりが頭から離れない。

さっちゃんが仕事に戻った後も、頭の中は煩悩ワールドが炸裂していた。

駄目だな、私。

結婚する気が満々になっていて、仕事に集中出来ない。

これも全部、響のせいだ。

「コーヒーと紅茶を一つずつ下さいなっ」

「あ、美奈! お疲れ様、新しい寮の部屋割りが決まったみたいだねっ」

「うん、そーだね」

ブライダルでの打ち合わせ用の飲み物を取りに来た美奈は何だか浮かない表情だった。

「さっきね、入れ違いでさっちゃんが来てて教えてくれたの」

得意気になって話す私に対して、美奈の反応は薄いし、やっぱり浮かない表情のままだ。
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