虜にさせてみて?
「ひよ…り……?」

誰よりも早く、私の異変に気付いたのは紛れもなく、響君。

俯いて、少しだけ震えが起きていた私。不思議そうに呼んだ私の名前。

……ただ、今すぐに顔をあげる事は出来ない。泣き出しそうだったから。

顔を上げたら、我慢している涙がボロボロと零れ落ちそうで怖い。

クシャッ。

異変に気付いた響君が近寄って来て、私の髪の毛をわしづかみにした後、優しく撫でられた。

「こいつ、びびってんだよ。明日も遅刻したらどうしようって。今度こそ怒られるし、後輩に馬鹿にされるって。プライド高いからな、こいつ。だから、寮で二次会にしようよ?」

「やっぱり響君って、ひよりにベタ惚れだよねっ。ひよりの言う事なら何でも聞くし」

キャーキャーと騒ぐ美奈。湊君が小さい声で「ごめんね」と呟いた。

「よしっ、帰るぞ! ひより、グラスを洗え!」

「えっ、あっ、はい」

やっと顔を上げれた私。響君が出してくれた助け船。

響君は私の様子を伺っているのか、ほんの小さな事でもすぐに気付いてくれる。

自分で意地悪言ったくせに。自分で私にカマかけたくせに。

触れられた髪の毛を手ぐしで直しながら、余韻に浸る。キュンと胸がときめいたのは気のせいではなさそうだ。
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