君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「桐嶋のおじさまにはとても感謝しています。私にできることならなんでもして、恩を返したいくらいに……」

理由はどうあれ、彼のおかげで母を手厚く送り出せたのだ。彼がいなければお墓も建ててあげられなかった。

なによりも彼が母の死を共に悲しんでくれたおかげで、私の心は癒されたのだ。

「それなら私のたっての願いを叶えてくれないか。無理は重々承知している」

「え?」

「郁人は少々人間不信というか、恋愛に潔癖なところがあってね。三十歳になった今も結婚を考えるような恋人はおらず、私はとても心配しているんだ」

結婚を撤回してくれるかもしれないとほっとする間もなかった。

桐嶋のおじさまは畳みかけてくる。

「泰世さんの娘の君なら、郁人も気に入るはずだ」

それは正反対だ。

さきほどの郁人さんの険しい表情が脳裏をよぎる。

あの日の私の言動が原因で、したたかな女だと思い込まれてしまった。

「私はみちるちゃんしかないと信じている。どうかこの通りだ」

口ごもっていると頭まで下げられ、私は慌てる。

「わっ、顔を上げてください」

「みちるちゃんがうなずいてくれるまでやめないよ」

桐嶋のおじさまは微動だにしない。

< 31 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop