君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
真紘さんにワルツを教えてもらったあたりまでははっきり覚えているけれど、そのあとの自分の記憶が怪しく思えてきたのだ。

そっと自分の唇を触ってみる。

郁人さんにキスされた気がするけれど、そんなはずはないか。

きっと酔っ払って、非現実的な夢を見たのだろう。

変に意識すると彼と普通に会話できなくなりそうだし、なにもなかったことにした。

私より少し遅く起きてきた郁人さんとダイニングで顔を合わせると、一瞬いつもと少し様子が違う感じがして、昨夜私がなにかやらかしてしまったのかと心配になったけれど、すぐに彼はいつも通りの態度に戻った。

どうやら大丈夫そう?

とにかくしばらくお酒は控えよう。そう心に誓ったのだった。


数日後の休日。

「海を見に行かないか?」

朝食時にいきなり郁人さんから誘われた。

いつも休みの日は別行動だったから、面食らってしまう。

いったいどういう心境の変化だろうか。

それとも気まぐれ?

「海ですか?」

しかもその行き先にドキッとした。

あの日のことを思い出したからだ。

私たちは同じ日に海が見たくなり、同じ川に行ったら偶然出会った――彼がそれを意識して発言したのかどうかはわからない。

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