夏色モノクローム
「いやです」

 離れていこうとする彼の背中に縋りつく。
 ごくりと、志弦が息を飲んだのがわかった。

「以前は挨拶だけとか。ちょっと会話しただけで、満足できてましたけど。――もう、無理みたいです。私、志弦さんのことが、好き」
「それは、あれだろ。年の離れた男への憧れ、みたいな。……いや、それにしても趣味は悪いと思うが」
「趣味、悪くないですよ。志弦さん素敵ですから」
「……あのなあ。マジで、勘弁してくれ」

 志弦が体を離そうとするけれど、そうはさせない。ぎゅっと彼を抱きしめて、背中に顔を押しつける。

 ふたりの間に沈黙が流れた。
 遠くで、何かシャッターが開くような音が聞こえる。
 昨日とは打って変わって、今日は天気で。外の街は動きはじめている。
 でも、志弦の心はこの家に縛られたままだ。

「頼むよ。理解してくれ。無闇に何でも手を伸ばせるあんたみたいな若いのとは、違うんだ」
「若いとか、若くないとか関係ないです」
「関係あるよ! 俺みたいな頑固で臆病でだめな大人に、あんたには相応しくない」

 バッと、腕が振り払われ、彼が離れた。

「……こんなヒネた大人は、あんたは眩しすぎる。理解してくれ」

 ああ、と里央は思う。
 志弦が、ずっと震えている。俯き、うなだれたまま。

 彼が何かを抱えていることくらいもうわかっている。
 その何かを、里央は知りたい。
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