まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 助けを求めた私の手が振り払われたとき。親友のように思っていたレイナとふたりでいるのを目撃したとき。

 嫌な記憶ばかりが鮮明に蘇ってきて、許すつもりはないけれどもう忘れてしまいたかった。

「お気をつけてお帰りください」

 私は精一杯の言葉で別れを告げた。巧さんが月島旅館を出たあと一哉さんは何も言わなかった。ただ温かい手を頭にポンとのせられ、頑張ったなと言ってくれている気がした。

 すべてこれで終わった――。
 安心したのか目の前が真っ暗になった。


「目が覚めたか」

 ぼんやりとした感覚の中、重い瞼を開くと茶色い木目調の天井が見えた。

「無理させて悪かったな」

 自分がどこにいるのかもはっきりとしないまま、心配そうに私を覗き込む一哉さんの顔が見えた。体が鉛のように重く私はにっこり微笑むしか元気がなくて、お腹の辺りにも違和感を感じる。

「一哉さん少し外してくださる? 彼女に話があるの」

 襖が開いたかと思えば顔を出したのは女将だった。

「仕事の話なら後にしてください。今はゆっくり」
「大丈夫です」

 女将と目が合いなんとなく話の内容には察しがついた。庇ってくれようとする一哉さんの手を掴み笑顔を向けたら、渋々立ち上がって玄関へと向かって行く。

 廊下で外に出て行く彼を見届けた後、女将は私のそばにそっと腰を下ろした。

「倒れたのは疲労と睡眠不足、それとお腹のことが原因です」
「はい」
「妊娠してるわ」
「はい」

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