まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 気づけば素直に話し出す彼は耳の先を赤くして、さらさらと揺れる前髪を邪魔そうにかき上げる。自然と右目から一粒の涙がこぼれ落ちた。

 頬を伝う涙を見た彼はそっと私の顔に手を添えて優しいキスをした。

「正直、真実なんてどうでもよかった。母親が本当はどんな人だって、若葉さんからどう思われていたって今更そんなのどう変わろうが大した問題じゃない。実際に打ち明けられても、ああそうかと思うくらいだ」

 囁くように話す彼の顔は間近にあり、目を瞑ったままお互いを感じるように額をそっとくっつけた。

「でも結が俺の前からいなくなるのは大した問題なんだよ」

 交わる視線から目が離せなかった。自分の心臓の音で海のさざ波さえも今の私の耳にはまるで入ってこない。ふたりの世界にそっと浸っていた。

 しかしフラッシュバッグする記憶。

 『あいつが俺を好きにはならないと思ったからだ。最後にすっぱりと別れられるなら都合が良かった』

 式典の日、聞いてしまった彼の気持ちを思い出し、一気に現実に引き戻されぐっと体を離す。

「でも栞里さんには、私が好きにならないから都合がいいって……」

 矛盾する彼の気持ちに疑心暗鬼になっていたら、困ったような表情で視線を逸らされた。

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