まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 夕刻過ぎ、仰々しい式を終えた私たちは月島旅館の裏手にあるだだっ広い邸宅を横目に通り過ぎた。

 一哉さんの後ろをついてさらに奥へと歩いていったら、竹藪の中に離れの家が現れた。元々は一哉さんがひとりで住んでいた家でこれから私たちの新居となる場所だ。

 赤い色打掛を脱ぎ檜のお風呂へ浸かったら一日の疲れがどっと体にのしかかった。熱いお湯が足の先まで染み渡るように全身に触れ、大きなため息とともに頭まで湯船に沈んでみた。

「そうなりますよね」

 用意されていた浴衣を着て部屋に戻ると、机と座椅子だけが置かれた広い和室の向こうに仲良く並んでふたつの布団が敷かれている。

 傍に置かれた灯篭の明かりがぼんやりと部屋をオレンジに染め、思わず視線が向く襖で区切られた寝室に近づいていく。

 これが夫婦になるということだ。

 結婚式も終え婚姻届まで提出し、頭では分かっていたはずなのに気持ちが追いついていなかったと今更ながら実感する。急に〝結婚〟という現実を目の前にしてひとり唾をごくりと飲んた。

「少しはゆっくりできたか」

 すると背後から聞こえた一哉さんの声に振り返る。眼鏡をかけ紺色の浴衣姿のオフモードの彼にドキッとし、思わず顔が赤らんだ。

「はい、あのとてもゆっくりできました」
「そう、それならよかった」

 私が真っ先に目にした寝室の様子には目もむけず、一哉さんはそう言ったまま机の上に広げられた書類を片付け始める。どこにいればいいかと落ち着かずにいる私は改めて彼の横顔をじっと見つめていた。

< 52 / 128 >

この作品をシェア

pagetop