泡沫の恋

九条賢人side

九条賢人side

別れを告げて去っていく愛依の後姿を見送った後、俺はしばらくその場から動くことができなかった。

俺と愛依が……別れる?

ようやく冷静になってそれを理解した俺は弾かれたように立ち上がって公園を飛び出した。

もしかしたら考え直して近くにいるかもしれないと探し回ってももう愛依の姿はどこにもなかった。

電話をかけても無機質な機械音が鳴るだけ。

このあと予備校に行くと言っていたしそこにいけば愛依に会えるかもと思い直し足を踏み出そうとして、立ち止まる。

愛依がどこの予備校に通っているのか俺は知らない。その事実を突きつけられる。

第一志望は東京の大学って言っていたけど、大学名まで知らされていない。

いや、違う。知らされるのを俺はずっと待っていただけで、愛依がする話を黙って聞いていただけだった。

付き合う前は自分からアプローチをして告白をして付き合ったのに、付き合った後はずっと受け身だった。

愛依の話を深く聞こうとしなかった。

だけど、愛依はそうじゃなかった。俺の話をたくさん聞いてくれた。

付き合ってからしばらくしてサッカーの話はなんとなく避けていたけど、それまではずっと愛依はどんな話をしたって全部聞いてくれた。

受け入れてくれた。肯定してくれた。応援してくれた。

俺はそれに甘えすぎていたんだ。

『私ばっかり賢人を好きだった』

その言葉が俺の胸に刺さり、苦しくなる。

愛依に告白した日、俺は確かに誓った。

愛依を幸せにするって。大切にするって。

それなのに、俺は愛依にあんな言葉を言わせてしまった。

サッカーを理由に俺は愛依と向かうことを避けていた。

サッカーと言えば、優しい愛依は分かってくれるだろうっておごっていた。

そのつけが今、回ってきた。

なんとか家に辿り着くと、俺は再びスマホを手に取って愛依にメッセージを送る。

お互いに冷静になってもう一度話合えば、きっとまだ間に合う。

愛依に電話をかけても、電話口から流れてくるのは機械音だけ。

夕食も食べず、風呂にも入らず俺は祈る様な気持ちで何度も電話をかけ続けた。
< 57 / 63 >

この作品をシェア

pagetop