竜帝陛下と私の攻防戦
ディアスの本とベルンハルトの企み
異世界から帰還したベルンハルトは、僅か半月の間で皇帝への謀反を企んだ兄支持派の粛清を情け容赦なく行い、その勢いのまま後宮の閉鎖を元老院に承認させた。
自分の娘を皇后へと推していた一部の貴族達は憤慨したものの、表立って意を唱える者は居らず粛々と決定を受け入れていった。
難色を示す貴族は、宰相トリスタンが直々に“説得”したという。
最後まで退去に抵抗していた侯爵家令嬢も家へ戻し、後宮を閉鎖させたベルンハルトはようやく自身の問題解決へ動き出す。
一つは、異世界の娘と心臓を繋げた魔術書の呪いの解呪、もう一つは、異世界の娘を手に入れるための算段だ。
バキンッ!
握った手の中で万年筆が粉々に砕け散る。
異世界の娘と繋がる魔術書を開いたベルンハルトは、浮き上がってきた文を読み終わるや否や、万年筆を砕き眉間に皺を寄せた。
文の通りならば、自身の問題解決の有無に拘わらず早急に動く必要がある。
「ちっ、エルネストが興味を示した、だと? 面倒だな」
部屋の外で待機している侍従を呼び、外出の支度を整えるよう支持を出した。
華美を嫌う屋敷の主が応接間に最低限の物しか置いていないのも、彼が作業部屋としている地下室から薬品の臭いが僅かに漏れてくるのも、以前此処を訪れた数年前と全く変わらない。
椅子に足を組んで座る屋敷の主は、長い碧色の髪を後ろで一括りした中性的な顔立ちの、髪と同じ碧色の瞳を持つ整った顔立ちをした男性。
碧色の髪と瞳、尖った耳はエルフ特有のもの。
人族に比べエルフは長寿の上に、彼は強大な魔力の持ち主だった。
竜王の血を、帝国へもたらしたイシュバーン王国王女の相談役として帝国と関わり、以降の皇帝の相談役となっている彼が何時の時代から生きているのかはベルンハルトでも分からない。
積もる話、改め状況説明を済ませたベルンハルトは久し振りに会う、相談役のエルフと向かい合う形で椅子に腰掛けていた。
「成るほど。面白いことになっているようだな」
「何が面白いのだエルネスト」
魔術書を手にした、エルネストと呼ばれたエルフは愉快そうに笑う。
「まさかお前が“ディアスの書”に選ばれるとはな。冷酷非情と民に恐れられているお前が本に縛られるとは、面白いだろう」
「ディアスの書? この魔術書のことか?」
愉しそうなエルネストを睨みながら、ベルンハルトは“ディアスの書”を受け取る。
「その本は魔術書ではない。千年程前に、色に狂った悪魔が作った呪われし本だよ」
肘掛けに肘を置きエルネストは頬杖をついた。
「当時の魔王が他種族と世界の覇権を争った時代、ディアスという悪魔が魔王の呪いにより命を失いかけた哀れで美しい王女のために作った魔道具だ。ディアスは魔王を欺き王女と共に生きるため、彼女と自分の心臓を繋ぎ同じ時を生きるようにした」
「共に生きるために心臓を繋げた、だと? 悪魔がか?」
力が絶対という魔族が、魔王に逆らおうとするのも人族の王女を愛するのも、残虐な性を持つ悪魔らしくない。
「驚きだろう」と言い、エルネストはクツリと喉を鳴らした。
「悪魔のくせに純愛、だろう? ディアスの誤算は、王女が死ねば自分も滅ぶことだったらしい。呪いを除けて寿命を延ばしても、物理による死は避けられなかったようだ。ディアスの手から離れた本は様々な使い方をされてきた。種族を越え愛しあう者達は同じ時を生きるために心臓を繋げ、権力者は不老長寿を得るために魔族や妖精族と心臓を繋げた。また、ある者は強者を倒すために、力を持たない者と騙し討ちのように心臓を繋げさせた」
「解呪方法はあるのか?」
目を細めたエルネストは首を横に振った。
「魔道具を作ったディアスはもういない。幾人もの者の想いと魔力が複雑に絡み合っているため、一つ一つ解かねばならない。私でも解呪には十年単位の時間がかかるだろう。下手したら百年はかかるな」
「百年だと?」
眉間に皺を寄せたベルンハルトはディアスの書へ視線を落とす。
竜王の血を濃く受け継ぐ自分は、解呪のための百年間を生きられる。
しかし、魔力を持たない只人の佳穂は百年の縛りに堪えられるのか。精神が壊れる可能性の方が高い。
「だが、お前の命が脅かされないようにするのは簡単だ。繋がった相手を強固な檻へ閉じ込めて眠らせておけばいい。それとも……まさかお前、繋がった娘が大事なのか?」
弾かれたようにベルンハルトは顔を上げた。
その分かりやすい反応に、エルネストは笑うのを堪える。
「ある国の王は不老長寿と魔力を得るために魔族と繋がり、その魔族を魔力で眠らせ檻へ閉じ込めていたと聞いたことがある」
「繋がった相手の魔力を得る?」
「そうだ。繋がった相手は心臓を通してお前の魔力を使える。魔法が使えなくとも、魔力だけならお前と同等だと言えよう」
ディアスの書に選ばれたのがベルンハルトだからこそ、繋がった相手はこの世界にとって厄介な存在となる。
繋がりで得た強大な魔力を、野心を持つ者達に悪用されることも有り得るのだから。
「俺の魔力を得ている、か。それは良いことを教えてもらった。解呪出来ないのならば、囲い込んで俺の傍に閉じ込めてしまうしかないな」
どうやってあの鈍い娘を自分に縛り付けてやろうかと、瞳に暗い光を宿したベルンハルトは愉しそうにほくそ笑んだ。
自分の娘を皇后へと推していた一部の貴族達は憤慨したものの、表立って意を唱える者は居らず粛々と決定を受け入れていった。
難色を示す貴族は、宰相トリスタンが直々に“説得”したという。
最後まで退去に抵抗していた侯爵家令嬢も家へ戻し、後宮を閉鎖させたベルンハルトはようやく自身の問題解決へ動き出す。
一つは、異世界の娘と心臓を繋げた魔術書の呪いの解呪、もう一つは、異世界の娘を手に入れるための算段だ。
バキンッ!
握った手の中で万年筆が粉々に砕け散る。
異世界の娘と繋がる魔術書を開いたベルンハルトは、浮き上がってきた文を読み終わるや否や、万年筆を砕き眉間に皺を寄せた。
文の通りならば、自身の問題解決の有無に拘わらず早急に動く必要がある。
「ちっ、エルネストが興味を示した、だと? 面倒だな」
部屋の外で待機している侍従を呼び、外出の支度を整えるよう支持を出した。
華美を嫌う屋敷の主が応接間に最低限の物しか置いていないのも、彼が作業部屋としている地下室から薬品の臭いが僅かに漏れてくるのも、以前此処を訪れた数年前と全く変わらない。
椅子に足を組んで座る屋敷の主は、長い碧色の髪を後ろで一括りした中性的な顔立ちの、髪と同じ碧色の瞳を持つ整った顔立ちをした男性。
碧色の髪と瞳、尖った耳はエルフ特有のもの。
人族に比べエルフは長寿の上に、彼は強大な魔力の持ち主だった。
竜王の血を、帝国へもたらしたイシュバーン王国王女の相談役として帝国と関わり、以降の皇帝の相談役となっている彼が何時の時代から生きているのかはベルンハルトでも分からない。
積もる話、改め状況説明を済ませたベルンハルトは久し振りに会う、相談役のエルフと向かい合う形で椅子に腰掛けていた。
「成るほど。面白いことになっているようだな」
「何が面白いのだエルネスト」
魔術書を手にした、エルネストと呼ばれたエルフは愉快そうに笑う。
「まさかお前が“ディアスの書”に選ばれるとはな。冷酷非情と民に恐れられているお前が本に縛られるとは、面白いだろう」
「ディアスの書? この魔術書のことか?」
愉しそうなエルネストを睨みながら、ベルンハルトは“ディアスの書”を受け取る。
「その本は魔術書ではない。千年程前に、色に狂った悪魔が作った呪われし本だよ」
肘掛けに肘を置きエルネストは頬杖をついた。
「当時の魔王が他種族と世界の覇権を争った時代、ディアスという悪魔が魔王の呪いにより命を失いかけた哀れで美しい王女のために作った魔道具だ。ディアスは魔王を欺き王女と共に生きるため、彼女と自分の心臓を繋ぎ同じ時を生きるようにした」
「共に生きるために心臓を繋げた、だと? 悪魔がか?」
力が絶対という魔族が、魔王に逆らおうとするのも人族の王女を愛するのも、残虐な性を持つ悪魔らしくない。
「驚きだろう」と言い、エルネストはクツリと喉を鳴らした。
「悪魔のくせに純愛、だろう? ディアスの誤算は、王女が死ねば自分も滅ぶことだったらしい。呪いを除けて寿命を延ばしても、物理による死は避けられなかったようだ。ディアスの手から離れた本は様々な使い方をされてきた。種族を越え愛しあう者達は同じ時を生きるために心臓を繋げ、権力者は不老長寿を得るために魔族や妖精族と心臓を繋げた。また、ある者は強者を倒すために、力を持たない者と騙し討ちのように心臓を繋げさせた」
「解呪方法はあるのか?」
目を細めたエルネストは首を横に振った。
「魔道具を作ったディアスはもういない。幾人もの者の想いと魔力が複雑に絡み合っているため、一つ一つ解かねばならない。私でも解呪には十年単位の時間がかかるだろう。下手したら百年はかかるな」
「百年だと?」
眉間に皺を寄せたベルンハルトはディアスの書へ視線を落とす。
竜王の血を濃く受け継ぐ自分は、解呪のための百年間を生きられる。
しかし、魔力を持たない只人の佳穂は百年の縛りに堪えられるのか。精神が壊れる可能性の方が高い。
「だが、お前の命が脅かされないようにするのは簡単だ。繋がった相手を強固な檻へ閉じ込めて眠らせておけばいい。それとも……まさかお前、繋がった娘が大事なのか?」
弾かれたようにベルンハルトは顔を上げた。
その分かりやすい反応に、エルネストは笑うのを堪える。
「ある国の王は不老長寿と魔力を得るために魔族と繋がり、その魔族を魔力で眠らせ檻へ閉じ込めていたと聞いたことがある」
「繋がった相手の魔力を得る?」
「そうだ。繋がった相手は心臓を通してお前の魔力を使える。魔法が使えなくとも、魔力だけならお前と同等だと言えよう」
ディアスの書に選ばれたのがベルンハルトだからこそ、繋がった相手はこの世界にとって厄介な存在となる。
繋がりで得た強大な魔力を、野心を持つ者達に悪用されることも有り得るのだから。
「俺の魔力を得ている、か。それは良いことを教えてもらった。解呪出来ないのならば、囲い込んで俺の傍に閉じ込めてしまうしかないな」
どうやってあの鈍い娘を自分に縛り付けてやろうかと、瞳に暗い光を宿したベルンハルトは愉しそうにほくそ笑んだ。