仮面夫婦のはずが、冷血御曹司の激愛で懐妊いたしました
「琴音の言う通りのようだ。養子の件が向坂家にバレたら、圭一郎氏の立場は危うくなる」
 向かいに座る治彦伯父が、苦しげに言うのを、並んで座る澪と父は神妙な面持ちで受け止めた。
 琴音の来訪から三日後、澪は坪井本家を父とともに訪れた。琴音の要求にどう答えるべきか対策を講ずるためである。
 この三日間で伯父は、向坂家の内情について琴音の言ったことの真偽を確かめたという。結果、概ね間違いはなかったということだ。
「くそ! よりによってこのタイミングで。今、圭一郎氏の機嫌を損ねるわけにもいかないのに」
 行方不明だった娘が姿をみせたというのに、まったく心配する様子もなく康彦は舌打ちをする。あいかわらず頭の中は業務のことでいっぱいのようだ。
「どうして今頃になって戻ってこられたんでしょう? 恋人と一緒だったはずじゃ」
 治彦が首を傾げると、伯父が忌々しげに吐き捨てる。
「金が尽きなんだろう」
「お金が?」
「そうだ。あいつが持っているカードは随分前に止めてあるが個人名義の預金までは抑えられんかった。おそらくそれがなくなったんだ。恋人といってもヒモみたいな男だったようだから、金がなくなったら捨てられたんじゃないか?」
 伯父の話に、父は気の毒だというように眉を寄せる。
 澪は黙ってふたりを見比べていた。
「とにかくこうなったら仕方がない。澪、お前は琴音の言う通りにしろ」
 伯父の言葉に父が目を剥いた。
「に、兄さん……! それはいくらなんでも」
「仕方がないだろう! 今ことを荒立てるわけにはいかんのだ。今回の向坂自動車のドイツの件では国内でも多少の影響を受ける。それについて五菱(うち)がはじめてまとまった融資をすることになっている。それが滞りなく実行されるまでは……。それから澪、琴音が姿を現したら今度はすぐに連絡しろ」
「……どうするんですか?」
 得体の知れない無力感に襲われながら澪は尋ねる。
 伯父が鼻を鳴らした。
「もう二度と余計なことができんように家から出さんようにする」
 その答えを聞きながら、澪は目を閉じる。頭がぐるぐるとして気持ちが悪い。お腹の奥から嫌なものが迫り上がってくる。吐きだきそうになるのをなんとか堪えた。
「わかったな! 澪。アパートはこっちで用意する」
「……わかりました」
 澪がそう言うと、隣で父が声をあげる。
「澪……! だって、お前!」
 父は圭一郎が家に来てくれたことをとても喜んでいた。政略結婚でもふたりが仲睦まじくしているのを知っているのだ。
「いいの、お父さん」
 澪は首を横に振る。どのみちほかに打つ手はない。
「だが……。兄さん、澪が家を出たとして同じことじゃないですか? 結婚がダメになることに変わりはないじゃないか。つ、妻が浮気をしたなど、嘘をついたら圭一郎君は傷ついて……」
 その言葉に、伯父が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「くだらん。彼は優秀な男だぞ? 欠陥品を妻にしたとなれば怒るだろうが、浮気くらいで動揺せんだろう。男になによりも大切なのは……プライドだ。だいたい澪、琴音が現れた時になぜ引き止めなかったんだ。あの時捕まえていれば、こんなややこしいことにはならんかったのに……」
「伯父さま」
 なおもくどくどと言い続ける伯父の言葉を遮るように澪は口を開く。もう今すぐにでも部屋を飛び出したいくらいだった。一秒だってこんなところにいたくない。
「今度伯父さんの言う通りにして、琴音さんが戻られたら、もう私たちには関わらないと約束してくれますか?」
 お腹の中の小さな命。
 ひとりで産み育てる自信はまだないけれど、それしか道がないならばもうこの人たちとの関係はここで断ち切りたいと強く思う。
 澪の言葉に、伯父が不快そうに口を歪める。けれど、ため息をついて頷いた。
「ああ、約束しよう」
 その言葉を聞いて、澪は立ち上がった。
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