今年こそは
「かっこよすぎる!」
朝の教室は、全国どこでも騒がしいんじゃないかと思う。
「咲も推し、いないの!?」
「うん。なんかそういうの全然分かんないしさ、あんまり興味ないっていうか・・・」
「そうですかー、でもでもこの人イケメンだと思うでしょ!」
「あはは・・・そうだねー」
私の中学からの親友、川田菜乃のいう、推しという存在が私にはよく分からなかった。
「諦めろよ川田。咲は、そういうの本当鈍いんだからさ」
「はぁ?俊だって知らないでしょ!」
「お前と同じにするなよ。つーか流石にこの俳優は、テレビで見たことぐらいあるしな」
「そうそう!流石に俊君はやっぱり分かってるねー!」
二人は内容が分かっているようで、全くついていけない。
「もしかして私って・・・流行に鈍い!?」
「「そうだって言ってんじゃん!」」
三人で話しているとあっという間にホームルームの時間になってしまう。俊は私の幼なじみで顔もそこそこ整っている。菜乃は髪型は肩まで髪があり、内側に巻いている。性格も二人ともよくて、友達もたくさんだ。そして私は、長い黒髪を頭の一番下で結んでいるだけで、菜乃や他のクラスメイトのように、おしゃれはあまりしない。流行に遅れているのは確かなようだ。

「んじゃ、またね二人とも!」
手を振って菜乃と別れる。俊は家が近くなので歩いて一緒に帰るようにしている。
「咲、今日も家の手伝いか?」
「うん。手伝いってよりかはもうバイトだよね。お金もらってもいいと思うんだけどなー」
「まぁ、咲んとこの叔母さん厳しそうだもんな」
「本当だよ!」
俊と並びながら歩き、しばらく経つと私の家に着いた。
「相変わらずでけーな。咲ん家は」
「あはは、まぁね?でも、ほとんどは湖だし」
私の家には大きな湖がある。家が大きく見えるのはそのためだと思う。
「きゃー!娘さんのおかえりよ!」
家の門の前に立っていた大人の人が一斉にこっちへ走ってくる。
「はぁー咲、裏に回るぞ」
「そうだねー、いつもすいません」
「ははっ、もう慣れたっつーの」
私も、俊も運動神経だけはいいので、すぐに大人達をまき、裏口から入ることができた。
「ほんっとしつこいな」
「ふぅー、ありがとね俊」
「あいつらが悪いんだろ」
「いや、いちおうお客様なんですけど・・・」
裏口から入り、俊と話しながら大広間へ向かう。
「おっかえりー、俊君!咲!」
「私が後とか・・・意味わかんない」
「月子さん、ただいま戻りました」
「おかえり。俊斗、咲さん」
咲の母、月子の後ろから出てきたのは、俊の父の北斗だった。彼は、月子の秘書として雇われているが、その大柄な体格でほとんどボディーガードのようなものになっている。
「さーて、咲!俊!お客様が待ってるから着替えきなさい」
「バイト代は出るよね」
「そーねー、お小遣い少し増やしとくから」
「やったね!俊、着替えに行くよ!」
「はいはい分かったよ」
俊の手を引きながら、二階の私の部屋へ向かう。着替え始めるとお互いに後ろを向き合う。
「みるなよー」
「見えなきゃ別にいいよねー」
「この事、親父に言うなよ。絶対怒られる」
「はいはい」
着替え終わると、お互いに向き合って最終チェックをし合う。
「咲、お前学校でも髪下ろせばいいじゃん」
「うーん、身バレすると嫌だからな」
「それもそうだな」
俊は黒のスーツを着て、こちらも身バレしないようにか前髪をセンターで分けている。そして私はというと、長い髪を下ろし、黒のワンピース姿だ。お互い襟元や、ネクタイのチェックを終わらせ、仕事の準備に入る。
「俊、準備は大丈夫?」
「俺よりやるのはお前なんだから、お前こそ大丈夫なのか?」
「うん、今日はなんだか調子がいいみたい!」「そうかよ。なら、いつでもこい」
俊はどこか悲しそうな顔をしているが、今日も成さなければならない。
ふぅーと大きく息を吐き、今度は体の中心に力を込め、強く願う。
「咲!いきまーす!」
「どんとこい!」
その瞬間私の中身はもう一人の私へと移動した。コトンと意識がなくなり、私はもう一人の咲へと変化した。私の体は俊の胸に抱き止められた。



「んっ・・・俊?おはよう」
「おはよう。咲」
「・・・今日は学校どうだった?」
「んー?いつも通りだ」
「そっか・・・咲は楽しそうだった?」
「あぁ心配すんな」
私の頭を撫でてくれる手は、乱暴なのにどこか温かくて安心する。
「今日も客が来てるらしい。確か、親父に聞いた話だと若い男らしい」
「分かった。行こうか」
階段を降りて、庭へ出ると直ぐに大きな湖だ。湖の側には俊の父、大輝さんと少年がいた。
「お待ちしてました、咲さん。こちらが今回のお客様の北斗様です」
「北斗です・・・よろしく」
思わず息を呑む。白いフードを深く被っていて、表情が見えづらかったが、その金髪の髪は染めているようには見えない。そして、青い色の瞳に吸い込まれそうになった。
「・・・よろしくお願いいたします、こちらが咲です」
俊が私の代わりに挨拶をしてくれる。私は人前では小声でしか話せないためだ。
「それでは初めていきます。咲さん、北斗さんの相手はこちらの方です」
黙ったまま受け取った写真には、白いワンピースの似合う一人の女性。
「俊・・・初めていい?」
側にいた俊にしか聞こえないような、小さな声で聞く。
「あぁ、大丈夫だろ?親父?」
「北斗さんよろしいですか?」
「はい・・・初めてください」
「咲、いつでもいいぞ」
「うん」
湖に私の顔が映り込む。私の仕事はお客様から聞いた相手の縁を結ぶ、または断ち切る事だ。
北斗と女性を思い浮かべると、自然と見えてきたのは白い糸。白い糸は結ぶべきもの、早速結ぼうとしたら、北斗の隣に見えたのは母の月子だった。そして、北斗とは黒い糸で繋がっていた。
「っ・・・!俊!」
自分でも信じられないほど大きな声で俊を呼ぶと、直ぐに彼はこっちへきてくれた。
「どうした?!咲!」
「見えたの・・・お母さんがっ!」
「月子さんが?なんで?」
「分からない・・・もう嫌だ!」
「分かった・・・とりあえず今日はここまでだ。いいよな?親父?」
「もちろん、咲さんが一番だ。よろしいですか?北斗様・・・申し訳ありません」
「・・・もちろん大丈夫です。それじゃ、俺はこれで失礼します」
庭の芝生を踏みながら、北斗が帰っていった。私は今見えたことについて、俊と大輝さんに話した。北斗と母が黒い糸で繋がっていたこと。それもいつも見る黒い糸よりも、すごく絡まっていたこと。そして、白いワンピースの女性とは白い糸で繋がっていたこと。
「悪いな、思い出させてしまって」
「ううん。大丈夫・・・でもなんでお母さんが北斗さんと繋がっていたのかが分からない。それも黒い糸で」
「こればかりは月子様に聞いてみるしかなさそうですな・・・。俊、咲さんを部屋に連れて行ってくれ。そしてできればあちらの咲さんに、この状況も伝えたい」
「りょーかい。咲、行くぞ」
俊が私の手を取り歩き出す。二階の私の部屋へ戻り、私はもう一人の咲へと戻った。
「ふーん。なるほどね」
「ふーんってお前・・・お前のお母さんのことなんだぞ?それも黒い糸で繋がっていたんだぞ。分かってんのかよ」
「分かってるわよ・・・咲は落ち込んでた?」
「まぁ、ショックは受けてたな」
「そっか、まぁとりあえず、お母さんのとこに行って事情を聞こうか」
俊の前では冷静だが、心の中は不安でいっぱいだった。あんなに人のいい母が、あんなに絡まった状態の黒い糸で繋がっていたのだ。信じたくないが、咲自身が見たことだから信じたくなくても、それが真実だった。
「咲・・・座って、俊もね」
「うん」
一階の母の部屋には既に大輝さんもいた。大きなソファに座ると、母は話し出した。
「驚かせてごめんなさいね。私は、咲が見たあのワンピースの女性と知り合いだったのよ」
「知り合い?お客様として?」
「うん。北斗君はあの人の一人息子なの。そして、あの女性・・・遥は自殺した。」
「自殺?・・・なんで?」
思いもしなかった言葉に声が震えていたかもしれない。
「遥と私が出会ったのはこの仕事よ。知っての通り、私も咲と同じ力がある。ただ、中身は一人だけだけどね。遥もある人との縁を確かめに来たの。まだ小さい北斗くんを連れて。そしてその人は北斗くんの父親だった。遥とその人の縁の色は…真っ黒だったの。それも絡まったものだった。そのことを遥かに伝えたら、すごい剣幕で否定されたの。その場面を隣で見ていた北斗くんの表情は忘れられないわ。そしてそのまま彼女は精神的に病み初めて、とうとう病院の屋上から身を投げた。」
全てを話し終わったお母さんの顔は、どこか青ざめていた。こんな顔は、きっともう一人の咲にも見せていないだろう。気まずい雰囲気を破ったのは、俊だった。
「…だから北斗は、月子さんを恨んでるってことか」
「そうね、あの場面を見せた私も悪かった」
「いえ、月子様。あの時あの少年を別の部屋で、任されていたのは私です。私の責任です」
悔しそうな顔をする大輝さんも、初めてだ。
「まぁ、とにかく北斗くんが恨んでるのは私ってことよ。明日もし、彼が来たら私を呼んで。
…俊も咲も悪かったわね。この話はこれでおしまい!はやく二人とも着替えなさい」
そう言ってお母さんは部屋から出て行った。
「追いかけなくていいのかよ、親父」
「今はお一人になりたいのだろう。さぁ、二人とも早く着替えるんだ。俊、今日はもう帰るぞ。それではお先に失礼します、咲さん」
「あっ!はい。お疲れ様でした」
「さーて!着替えるかー」
「うん」
二階に戻りさっきと同じように着替え、俊を見送りに行く。
「ありがとう俊。今日私、一人じゃなくて良かった。俊がいてくれてよかった」
「何言ってんだよ、普通だろふつうー」
ぐりぐりと頭を撫でる彼の手はやっぱり優しくて、安心する。
「じゃあ、また明日な」
「うん、また明日」
俊と大輝さんの乗る車を見送り、家に戻る。部屋に戻ると何もする気が起きなかった。ため息を吐きながらベッドに飛び込んでも、頭の中は北斗君のことでいっぱいだった。私ではなく、もう一人の私しか会ったことがないけど、彼はきっと辛い思いをして、今日ここにきたのではないないだろうか。辛いのは私だけじゃない。
そう言い聞かせてそのまま私は少し眠った。

夢の中でもう一人の咲と話していた。
「北斗くんはどうなったの?」
向き合ったまま私は咲に今日知った事を伝えた。話を聞き終わり、俯く咲。
「明日はお母さんが北斗君に会うって聞いたけど、それでいいのかな?」
俊にも言えなかった本音が溢れた。
「私が一緒に行っちゃ…だめなのかな?」
「なんで?」
初めて聞いた彼女の我儘に少し驚く。
「私も…北斗君と話してみたい。今日はあんまり話せなかったから。みんなは気づかなかったみたいだけど…北斗君の目が泣いてた。涙は出てなかったけど泣いてたの」
「そっか。私も会ってみたかったけど明日は咲に譲るよ」
「…ありがとう咲」
「うん」
そのまま彼女との話は終わり、私の意識も現実へと引き戻された。
「んんっ」
「はーよ咲!」
「しゅ、俊!なんでいるの!あのー、ところで今何時?」
「えー現在時刻午前6時でーす!」
「やっば!私昨日このまま寝ててシャワー浴びてない!」
「はっ、やっぱりな。早く来て正解だった!」
「ありがとうー!俊、朝ご飯は?」
「まだだから、親父と下で食べてくる」
「うんそうして!じゃあシャワー行ってきます!」
「はいはい行ってらー」
本当に俊とには感謝しかない。俊が起こしてくれなかったら、今頃私は、シャワーなしで学校に行くことになっていたかもしれない。シャワーを浴びながら昨日のことが、頭を駆け巡る。
「北斗くん…どうなるのかなぁ」
独り言が漏れてしまうが、それもシャワーの音で外には聞こえていないだろう。今日もしも彼が来たら、もう一人の咲が彼に会う。私はあえないわけだよな。一眼でいいから会ってみたいな。彼が聞いたのはきっと遥さんと母の争っているところだけだろう。なら、誤解は解けるんじゃないかな。
「おい!独り言が丸聞こえだ。バカ!」
「ちょっ!なんで俊がいるの!?」
「勘違いすんなよ!制服持ってきてやっただけだからな!お前が忘れたのが悪いんだからな」
「なるほどねー。それはすいませんね」
「全くだ。早くしろよ」
そう言って俊は出て行った。扉を一枚挟んでいるから良かった。それよりも独り言を聞かれたようで恥ずかしい。そのまま出て制服に着替える。朝ご飯のいい匂いがしてきた。
「セーフ!間に合った!」
「全然セーフじゃないわよ、早くしなさい」
リビングへ入ると、いつもの三人が朝食を囲んで座っていた。私もそれに加わり、
「「「「いただきます」」」」
と一斉に言う。朝から豪華だった。
「おいしーい!」
「でしょ?今日は大輝が作ってくれたのよ!」
「いや、ご馳走になってしまい、すみません」
「いいのよ!俊君もたくさん食べてね!」
「はーい!ありがとうございます」
朝のこの時間が大好きだ。いつもはお母さんと二人きりの朝食も、二人増えただけで美味しく感じる。
「あのねお母さん」
「ん?なに?」
「もう一人の咲がね…今日北斗君に会いたいって言っててね。できれば一緒にいいかな?」
「あー、彼がきてくれればいいわよ?」
「本当?嬉しい!」
思い切って行って良かった。もう一人の咲が初めて言った我儘なのだ。叶えてあげたかった。
「良かったな」
「うん!」
洗い物をし終わると、自転車にまたがり今日も学校へと向かう。
「「いってきます!」」
放課後のことで頭がいっぱいだった。
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